惑星圏の制宙 序
新しい飛行連隊は、快進撃を続けていた。
リンの小隊が敵の陣形をかき乱し、その隙をほかの小隊が確実に突く。誰かが突出すれば、別の小隊が援護に入る。敵機を追い回すより、決められた仕事を果たして戻る。そういう動きが、少しずつ身についてきていた。
仲間の機体が中破することはあった。操縦不能になったり、負傷者が出たりすることもある。それでも、戦没者を出すことなく、俺たちは出撃を重ねていた。
「このところ、帰投後に名前を数えなくて済んでるな」
格納庫でケンドレが言った。
「数えなくていいように飛んでるんだ」
イリヤが返す。
「分かってるよ。だから、たまには喜んでもいいだろ」
近くで整備記録を確認していたレンナが、ケンドレに目を向けた。
「喜ぶのはいいけど、機体を壊しすぎないで。直すのは私たちなんだから」
「努力するよ」
「努力じゃなくて、ちゃんと帰ってきて」
ケンドレは笑って、両手を上げた。
「了解、整備主任」
そんな日々を過ごす中で、パレードも一度開催された。
参加者として出されたのは、ミゲルの元派閥にいた人間たちだった。内容は脱出ゲーム。迷路の至る所に一人用の檻が置かれ、その中に参加者が一人ずつ拘禁されていた。
ルールは単純だった。トラップだらけの迷路を進み、真ん中のゴールに一番早く着いた一人だけが生き残る。
放送の冒頭では、ミゲルの派閥がこれまでにしてきた悪事が、参加者の顔写真や証言と一緒に流された。
殺し。薬物漬けにした相手への売春強要。金や食料の搾取。脅迫や暴力で人を従わせていた。
俺が知っていたことより、ずっとえげつない。
ミゲルに唆されたり、脅されたりして派閥にいた人間もいるのだろう。そこにいた理由は一人ずつ違うはずだ。それでも、放送された話を聞く限り、連中のしてきたことは極悪非道だった。
食堂のモニターを見ながら、マレクは黙っていた。隣にいたルイスが、落ち着かない様子でスプーンを動かす。
「これ、全部本当なのかな」
「運営が都合よく編集している可能性はある」
イリヤが答えた。
「でも、やってきたことが消えるわけじゃない」
ネッサは画面から目を離さなかった。
迷路の中では、槍の落とし穴が開き、毒矢が飛び、天井から硫酸が降ってきた。間違ったボタンを押した参加者の首輪が爆発する。狭い通路で鉢合わせた者たちは、出口を求めて互いに殺し合った。
歓声が上がるたび、ケンドレは食事の手を止めた。
「これを見て、賭けまでしてるんだろ」
「ああ」
俺は答えた。
「外の人間も運営も、あいつらと大して変わらないのかもしれないな」
画面の中では、また一人が罠にかかっていた。俺は目をそらし、残っていた食事を口に運んだ。
こんなものを喜んで見て、賭けをする人間がいる。
そう思うと、外部の人間も運営も、彼らと変わらないのではないかと思えた。
*
そんな折、運営から全要塞に向けた周知放送があった。
共用モニターに、見覚えのない男が映った。立派なスーツを着ている。男はマイクの調子を確かめ、画面の外にいる運営スタッフへ「もう映っているのか?」と聞いていた。
お偉いさんなのだろう。
放送によれば、全要塞の興行を一か月間休止するとのことだった。その間に心身を休め、次の興行に備えて万全の状態にする。食事も、いつもより少し豪勢にするという。
食堂では、若い連中が一斉に喜んだ。
「一か月も興行がないんですか?」
ルイスが聞いた。
「興行がなくても訓練はある」
イリヤが言う。
「それでも、出撃で死ぬよりはいいだろ」
マレクが言った。
ケンドレは大きくうなずいた。
「訓練の後に飲む時間も増えるな」
「飲みすぎるなよ」
ネッサが釘を刺す。
レンナは、食事のトレーを見ながら言った。
「一か月、機体をまとめて整備できる。部品の交換も進められるわね」
「休みを喜ぶところじゃないのか」
「私は機体を直せる方が嬉しい」
「ワーカーホリックだな」
「誰かが機体を壊して帰ってくるからでしょう」
彼女は俺を見た。
興行の休止は歓迎されていた。訓練はある。それでも、興行に出されずに済む一か月がある。少なくとも、みんなはそう受け取っていた。
その日から、食堂の食事が少し変わった。
いつもの人工肉と違い、ねちょっとした脂っぽさが少し薄れ、気持ち弾力が増していた。塩味も強くなっている。野菜も、ミックスビーンズだけではなく、ブロッコリーやカリフラワーが大きめに入っていた。
スープにも肉が入り具材がゴロゴロと入っていた、しかも甘味のデザートまでついていた。
いつもの配給食と比べると、断然の差だった。
「これ、本当に同じ食堂の飯か?」
ケンドレが甘味を口にしながら言った。
「うまいな」
マレクも、少し驚いた顔をしていた。
配給の甘味を取り合って、良い大人同士が喧嘩になりかけた。運営の警備ロボが二人を連れていく。食堂のあちこちで笑い声が上がった。
俺の仲間たちも喜び、騒いでいた。
イリヤとケンドレ、レンナ、俺は、少し離れた席でその様子を眺めていた。
「ずいぶん気前がいいな」
ケンドレが言う。
「こういう時は、大抵ろくなことがない」
俺が答えた。
レンナは、甘味を一口食べてから俺を見た。
「せっかく出たんだから、食べたら?」
「そうだな」
俺たち古株は知っていた。運営が食事や休暇を急に良くする時は、何かが起きる前触れであることが多い。
運営が何を考えているのかは分からなかった。
分からないものは分からない。俺は、まず目の前の飯を腹に詰めることにした。
*
その日のうちに、第三要塞所属のエース全員がエースラウンジへ呼び出された。
モニターにはクロイツが映っていた。全要塞のエースラウンジに、同時中継されているようだ。
ラウンジには、俺の知らない顔も何人かいた。
ヴァシリー・オルロフは三十八歳。重武装機を操るベテランで、寡黙な男だった。腕を組み、クロイツの説明をじっと聞いている。
マヤ・サントスは三十二歳。索敵と僚機支援を得意とする女性パイロットだ。表情をほとんど変えず、モニターに映る戦域図を見ていた。
ダリウス・コールは二十九歳。高速機による急襲を得意とする自信家で、説明の途中も椅子に深く座り、余裕のある笑みを浮かべている。
ユン・ソヨンは三十五歳。艦隊護衛の経験が長く、状況判断に優れた女性だ。必要な時以外は口を開かず、資料に目を通していた。
クロイツは、来月実施する作戦について説明を始めた。
一つの惑星を攻撃する。
俺たちの出番は、惑星軌道上にいる敵艦隊や基地を撃滅し、制宙圏を掌握することだった。
相手は、その惑星の正規軍だという。
その惑星は、外部の人間が開催している連盟から脱退し、独自の行動を取っている。それが今回の攻撃理由だと説明された。本格的な戦争になるらしい。
惑星の完全制圧が、最終目標だった。
俺たちが惑星軌道上の敵戦力を排除し、制宙圏を確保した後、正規軍が惑星へ突入する。俺たちは、その地上部隊を護衛するところまでが作戦に含まれていた。
「惑星軌道の敵を落として終わりじゃないのね」
マヤが腕を組み、モニターを見つめたまま言った。
「地上部隊の護衛までだ。長い作戦になる」
ヴァシリーが低く答えた。
ダリウスが椅子の背にもたれた。
「全要塞の戦力を投入する」
クロイツが答えた。
ラウンジの空気が変わった。
「全要塞の戦力を使うんだろう。相手も相当な数を揃えてくるはずだ」
長いこと第三要塞で生きているが、全要塞の全戦力を使って惑星へ攻勢をかけるのは初めてだった。ユンは資料をめくり、敵の正規軍に関する情報を確認している。マヤは戦域図の軌道を目で追い、ヴァシリーは何も言わずに腕を組んだままだった。
さらにクロイツは、この一か月で機体を整備し、装備を増強すると告げた。全ての機体は、最新式へ一新されるという。
あまりにも至れり尽くせりだった。
全要塞の興行を休止し、食事を豪勢にし、機体を最新式に入れ替える。そのうえで、一つの惑星へ全戦力を投入する。
俺の中の悪い予感は大きくなり、確信に近づいていた。




