変わり映えのない日々
ミゲルたちとの戦いが終わってから、すぐ俺たちは、小隊の編成を組み直さなければならなかった。まず、ネッサを小隊長に抜擢した。
ネッサは、リオを失ったばかりで自分には務まらないと恐縮していた。だが、リオの面倒をよく見ていたことも、戦場で周囲を見て的確に指示を出していたことも、俺は見ていた。本人がどう思っていようと、隊を任せる理由は十分にあった。
「お前を推薦したのは俺だ。リオを失ったことと、お前の適性は別の話だ」
「でも、私が生き残ったせいで……」
「その話はもう聞いた。お前は生き残った。なら、次にやることを決めろ」
ネッサはすぐには答えなかった。やがて、小さく息を吐く。
「……分かった。やるわ」
飛行隊にも増員が入った。
俺直属の小隊には、即戦力を意識した中堅が二人と、まだ実戦経験の浅い新人が一人配属された。
エリサ・ヴォーンは三十一歳の女性。白人系で、英語圏の家系に生まれた。元は護衛任務を中心に飛んでいた戦闘機乗りで、敵機を追い回すより、僚機を守りながら射線を作るのが得意だった。口数は少ないが、確認を怠らない。
マーカス・リードは二十八歳の男性。黒人系の出自を持つ。駆逐艦の護衛や迎撃を経験してきた。敵の接近を早く察知し、相手の進路を塞ぐことに慣れている。操縦は堅実で、危険な賭けを嫌った。
ルイス・パクは二十歳の男性。韓国系の父とラテン系の母を持つ新人で、候補生課程を終えたばかり。実戦経験はほとんどない。機体の速度変化を読む感覚は悪くないが、報告をする前に自分で判断を抱え込む癖があった。
新しい編成表を見て、マレクが言った。
「隊長、これで五機ですね」
「ああ。欠員が出てから、こんなに早く人員が補充されるのは珍しいな」
ほかの小隊にも必要な人員が補充され、予備隊には三人が入った。飛行隊の総勢は二十一名になった。エースとして運営から期待されているのか、単に興行に使いやすいと見られているのかは分からない。だが、これほど人員が揃ったのは初めてだった。
クロイツからは、正式に三か月の興行出場停止が通達された。その間は訓練に専念しろという。今回の戦闘で飛行隊全体が大きな損害を受けたことを考えれば、休みというより立て直しの期間だった。
俺たちはそれを、飛行隊全体の連帯感を作り直す時間として使うことにして1ヶ月が経っている。
組み直した小隊ごとに飛び、通信の仕方や援護に入る距離を確かめる。小隊同士でも訓練を重ね、機体の癖や操縦士の判断の傾向を覚える。出撃がない分、訓練の記録を見返す時間も取れた。
日常は驚くほど変わらずに過ぎていった。
朝起きて、飯を食う。訓練や仕事をする。酒を飲み、たまに女を抱き、眠る。
出撃がないだけで、リオたちが死ぬ前と大して変わらない生活だった。
少し変わったことといえば、俺が別の女といるところをレンナに見つかると、ものすごく冷たい目で見られるようになったことくらいだ。俺の側も、なぜか少し気まずい。何を咎められる筋合いもないはずなのに、妙に居心地が悪かった。
それでも、レンナとは定期的に会っていた。
他の女とは違い、買い物にも付き合う。飯や酒を一緒に楽しみ、彼女の部屋にも行く。最近は、買い物をすると俺の口座残高が減る額が以前より大きくなっている気がする。
「それ、必要なのか?」
「必要だから見てるの」
「俺が持つのか?」
「あなたが持つの」
「分かった」
レンナの機嫌を保てるなら、細かく言うのも面倒だった。
同じ日々を送っていると、考えることがある。
リオやジョリ、ペトルたち仲間の死は、何だったのだろう。いつか俺が死んだとしても、翌日には興行があり、訓練があり、食事の配給がある。運営は次の番組を作り、生き残った仲間たちはその中でまた生きる。
世界は止まらない。日常は、誰かがいなくなっても続いていく。
だからこそ、今、レンナといる時間や、仲間と酒を飲む時間を大事にしたいと思った。明日も続くとは限らない。そんなことは、もう嫌というほど知っていた。
*
クロイツから告げられた出場停止期間は、残り1ヶ月になっていた。
ネッサは新しい小隊の指揮に苦戦していた。若い隊員たちは指示を聞くものの、経験の差から動きが揃わない。ときには、ネッサが説明している途中で質問が重なり、訓練が止まることもあった。
だが、俺から見れば、彼女は比較的うまくやっていた。
相手の失敗を大声で責めず、どこで判断を間違えたかを一緒に確認する。以前、リオに向けていたのと同じように、部下の位置や機体の状態をよく見ていた。
イリヤやケンドレたちは、さすがにベテランだった。
各小隊で戦術を試し、訓練映像を分析し、うまくいかなければ別のやり方を試す。俺たちは何度もトライアンドエラーを繰り返した。
1ヶ月あれば、それなりに勝てる飛行隊になれる。俺はそう確信していた。
新しい小隊の編成ができたところで、最後に残っていた小隊長も紹介しよう
リン・チュン。二十七歳。アジア系の女性で、外の世界から来た人間だ。以前は詐欺師をしていたらしい。いわゆる犯罪者枠で要塞に連れてこられた。
黒猫が好きで、彼女の身の回りには黒猫の意匠が多かった。留め具、端末のケース、手袋の刺繍。どれも黒猫の形をしている。
この要塞では動物を飼えない。そのことを彼女はいつも不満そうに話した。
「いつ何があるか分からない生活で、責任を持って飼えないだろ」
そう言うと、リンはむっとした顔をした。
「分かってるわよ。分かってるから、飼いたいって言ってるの」
彼女の目標は、エースパイロットになって、自分の機体に黒猫の絵を描くことらしい。
操縦は大胆だった。乱戦でも敵機との接近を怖がらず、戦闘機同士の近接戦を好む。彼女の小隊は、飛行隊の機動部隊として敵を攪乱し、隊形を崩す役割を担っていた。
そんなリンから、俺に直談判があった。
「模擬戦をしてほしいの」
「俺と?」
「エースパイロットと自分の力量の差を測りたい。模擬弾を使うドッグファイトで」
俺はすぐに了承した。
「いいだろう。いつやる?」
「明日の午後。訓練宙域を押さえてある」
*
翌日の模擬戦には、飛行隊の仲間たちも集まった。
イリヤは審判役を引き受け、ケンドレは観戦席で賭けの胴元をしていた。レンナも整備記録を持って格納庫側から見ている。マレクと新しい隊員たちは、訓練宙域のモニターを囲んでいた。
「どっちに賭ける?」
ケンドレがイリヤに聞く。
「レンだ」
マレクも俺に賭けた。ルイスも続ける。
「僕もレン隊長です」
エリサとダニルも、迷わず俺の名前を告げた。リンの腕を評価する声はあったが、賭ける相手は皆、俺だった。
ケンドレは賭けの記録を眺めて、顔をしかめた。
「全員レンかよ。これじゃ俺が大損だぞ」
「胴元なんだから、勝負を受けた時点で覚悟しておけ」
イリヤが言った。
「分かってるよ。だから今、後悔してるんだ」
ケンドレが笑った。
訓練宙域に出ると、リンの機体はすぐにこちらへ向かってきた。
彼女は距離を保たなかった。互いの機体が近づくと、機首を大きく振って俺の射線から外れ、そのまま死角へ潜り込もうとする。相手を近距離に引き込んで、操縦技術と反応速度で押し切るつもりらしい。
俺は機体を傾け、模擬弾の照準を合わせる。
リンは射線に入る直前で速度を落とし、俺の機体の下をくぐった。すぐに反転し、背後へ回り込んでくる。
操縦は荒っぽく見えるが、無駄がない。こちらが反応するより少し早く、次の位置へ移っていく。彼女の機体が視界から消えるたび、照準警告が鳴った。
俺は機体を旋回させず、短く噴射して速度を変えた。リンの追い越しを誘い、すれ違う瞬間に機首を合わせる。
模擬弾が彼女の機体を捉えた。
撃墜判定が出る。
リンはすぐに機体を立て直し、二度目の攻撃へ入った。今度は正面からではなく、旋回を重ねながら接近してくる。射線を狭め、俺の回避方向を制限する動きだった。
俺は警告音を聞きながら機体を上昇させた。リンはすぐに追う。だが、上昇しきる前に機体を横へ倒し、リンの軌道と交差させる。
模擬弾が、また彼女を捉えた。
二度目の撃墜判定。
リンは悔しそうに機首を下げたが、すぐに三度目の攻撃へ移る。切り返しは鋭い。正面からの一撃を避けるのではなく、あえてこちらの射撃に近づき、その直前に機体を捻って死角へ逃れた。
それでも、俺は彼女の動きを見失わなかった。
近づかれた時ほど、相手の次の動きを見る。機体の向き、速度、噴射の間。リンは何度も切り込んできたが、そのたびに俺は距離をずらし、射線を置いた。
数分後、イリヤが終了の合図を出した。
「模擬戦終了。撃墜判定レン、五。リン、一」
彼女はしばらく何も言わなかった。
「……これがエースの腕か」
通信越しの声には、悔しさが混じっていた。
「お前も十分に強い。近接戦で相手を崩す技術はある」
「でも、届かなかった」
「今日はな」
リンは短く返事をして、格納庫へ戻った。
俺も、その後を追うように帰投した。
*
格納庫では、賭けの精算が始まっていた。
ケンドレは端末を見て、頭を抱えていた。皆が俺に賭けていたため、胴元のケンドレは大損だった。
イリヤは賭け金を受け取り、端末をしまった。
「次の酒場で、俺の取り分は酒にしてくれ」
俺が言うと、イリヤはうなずいた。
「分かった。次は俺が奢る」
「頼む」
ケンドレが顔を上げた。
「お前たちは勝った側だから気楽でいいな。俺は全員に払うんだぞ」
「胴元の仕事だろ」
イリヤが言う。
「次からはもう少し客を選ぶ」
リンは少し離れた場所で、機体から降りていた。悔しそうではあったが、さっきの戦いをもう頭の中で振り返っているようだった。彼女は整備士に何かを尋ね、模擬戦の時に機体が受けた振動を確認していた。
マレクは新しい隊員たちに、俺がどう動いたかを説明していた。ルイスは端末に記録を取り、エリサとダニルは互いに違う箇所を指摘している。
ネッサの小隊からも、若い隊員が訓練記録を持って駆けてきた。彼女はそれを受け取り、整備区画の隅で一緒に映像を見始める。
飛行隊は、少しずつ形を取り戻していた。
リオたちが死ぬ前と同じではない。新しく加わった者たちの癖はまだ全部は分からない。それでも、皆が次の訓練に向けて動いていた。
俺はレンナを探した。彼女は機体の点検記録を閉じ、こちらを見た。
「模擬戦、終わったの?」
「ああ」
「5対0?」
「5対1だ」
「1回負けたのね」
「そうだな」
「その顔、少し楽しそう」
「そうか?」
レンナは答えず、俺の袖についた整備用の粉塵を払った。
変わり映えのない日々だった。
訓練をして、仕事をして、飯を食べる。出撃のない夜には酒を飲み、疲れた身体を休める。明日になれば、また同じような一日が来る。
それがいつまで続くのかは、誰にも分からなかった。
ただ、次の出撃に備えて、俺たちは訓練を続けた。




