戯言 破
クロイツとの話し合いが済んだ翌日、共用モニターの映像はすっかり変わっていた。
マレクもその変化に気づいていた。自分のせいで仲間まで危険にさらしてしまったかもしれない。そう考えているのだろう。食堂でも格納庫でも、仲間の顔を見るたび、言い出せない謝罪を飲み込んでいるようだった。
そんなマレクを、ケンドレを筆頭に仲間たちが支えた。
「奴らは元々気に食わなかったんだ。この要塞に来てからも、陰で暴力や薬物、強姦ここでもギャングまがいのことを平気でやっていた」
「食い物にされた奴を何人も見てきた。今まではレンやイリヤのおかげで俺らには手を出せなかったが、ケジメをつける時が来ただけさ」
言葉をかけたのは、ケンドレだけではなかった。飛行隊の戦闘員達や整備士達も、マレクを一人にしないようにしていた。
マレクは何度も「すみません」と言いかけた。そのたびに、ケンドレが大きな手で彼の肩を叩く。
「今さら謝るな。次に飛ぶ時、仲間を見てろ。それでいい」
マレクはうつむいたまま、何度かうなずいた。
だが、その話を立ち聞きし、ミゲルたちに密告した者がいたらしい。
翌朝から、ミゲルたちの嫌がらせが始まった。
食堂では、飛行隊メンバーの朝食のトレーに唾が吐きかけられていた。居住区では、飛行隊の女性にしつこく声をかける。相手が嫌がっていると分かっていても、引き下がらない。
ネッサに声をかけられた時には、最後に侮辱の言葉まで吐いた。
リオが憤慨して相手へ向かっていこうとする。リオを止める方が、相手を追い払うより大変だった。
「離してください、隊長!」
「離したらお前が殴るだろ」
「殴るだけで済ませます!」
「そういう話じゃない」
ネッサはリオの腕を押さえ、相手の男を睨みつけていた。イリヤも近くにいた隊員を呼び、通路の人だかりを散らす。俺とケンドレが間に入ると、男たちは笑いながら去っていった。
ネッサは、リオの腕を離した。
「助けようとしたのは分かった。でも、ああいう相手に先に手を出したら、向こうの思うつぼよ」
「でも、あんなこと言われて」
「聞こえてた。だからって、あなたが処分されてどうするの」
リオは言い返せず、拳を握ったまま黙った。
その夜、俺はリオがネッサに「俺ももう大人だから、いろいろ教えてください」と頼んで、あっさり断られたという話を聞いた。ネッサは「まず訓練で一人前になりなさい」と返したらしい。
リオは翌朝、その話を全力で否定していた。否定するたびケンドレが笑い、マレクも口元を少し緩めた。俺は、あいつらしい失敗だと思った。
俺たちは、なるべく複数人で行動するようにした。特に女性は、男性二人以上と一緒に移動する。食堂も、訓練区画も、格納庫から居住区へ戻る時もだ。
俺は意識したわけではないが、訓練以外の時間はレンナと過ごすことが多くなった。格納庫に顔を出し、食事に付き合い、用がなくても彼女の作業台の近くにいた。
「ずっといるわね」
「そうか?」
「そうよ。機体の点検に来たの?」
「いや」
「じゃあ、何をしに?」
「ここにいる」
レンナは呆れた顔をした。
「邪魔」
「分かった」
俺は少しだけ離れた。
しばらくすると、レンナは俺を見て言った。
「そこまで離れなくていい」
「どこまでなら邪魔じゃないんだ」
「知らない。自分で考えて」
その距離を探りながら、俺たちは日々を過ごした。
表立った問題は起きなかった。
だが、とうとうトラブルが起きた。
うちの飛行隊の戦闘員が、通路で刃物に刺された。命に別状はなかったものの、何針も縫う傷を負い、訓練を休まなければならなくなった。
刺したのは、ミゲルと同じ小隊に所属する男だった。ラテン系のラウル・ベガ。ミゲルのすぐそばにいる腰巾着で、いつも後ろをついて回る。普段は口数が少ないが、ひとたび頭に血が上ると何をするか分からない危険な男だった。
ミゲルに憧れているらしく、タトゥーも似たような絵柄を選んでいる。左胸には、ミゲルの名前を模したタトゥーまで彫っているという噂があった。
ここまで来ると、憧れというより忠誠に近い。
事件を看過できなくなったクロイツに、俺とミゲルが呼び出された。
部長室には、いつもの黒い革張りのソファと、ブランデーのグラス、葉巻の煙があった。クロイツは俺たちが向かいに座るのを待ってから、ミゲルへ目を向けた。
「なぜ興行まで待てないのかね。話の流れを読むこともできないのか?」
ミゲルは肩をすくめた。
クロイツは続けた。
「こんなところで大事な人員を殺されたら、会社の損失だ。君はどう責任を取るつもりかね?」
「オヤジさん、うちの連中は我慢ってのが苦手なんだ」
ミゲルは笑いながら言った。まるで、部下が人を刺したことなど、少しばかり手順を間違えた程度の話にすぎないようだった。
「今後は気をつける。ただ、いつまで我慢すりゃいいのかだけ教えてくれ」
クロイツは、どうしようもない奴だとでも言いたげに首を振った。だが、その表情には、面白がっているような笑みが浮かんでいた。
「そんなに待たせることはない。材料は揃った。もうすぐやろう」
「そうか。なら、うちの連中にもそう言っておく」
面談はそれで終わった。
刺した男に、明確な罰則が下ることはなかった。翌日には何事もなかったように日常へ戻り、ミゲルのそばに立っていた。
俺は飛行隊全体へミーティングを行った。
「ミゲルの隊との興行が決まった。内容も時期も、まだ分からない。ただ、そのうちぶつかることになる」
誰も冗談を言わなかった。
俺は、マレクだけでなく全員を見渡した。
「向こうは喧嘩を売ってきている。だが、挑発に乗るな。次の出撃では、全員が生きて帰ることを優先する」
マレクはうなずいた。
イリヤが、ミーティングの最後に補足する。
「編成が決まり次第、ペアでの連携を訓練する。敵は隊列を崩しにくるだろう。一人で追うな。味方の位置を確認しろ」
リオは、ネッサの隣で小さくうなずいた。この間の怒りを、出撃で無茶をする理由にさせるつもりはなかった。
その日の夕方には、俺たちとミゲルの隊の騒動が、一つのストーリーとして放映されていた。
〈仲間を傷つけられたレン隊〉
〈ミゲル隊との因縁、ついに決着へ〉
クロイツの顔は映っていなかった。だが、部長室で俺とミゲルが向かい合い、話している映像が使われていた。最後には「決戦」の二文字が、画面の中央に大きく浮かんだ。
興行の内容が告知されたのは、それから二日後だった。
両方ともに第三要塞所属のレン飛行連隊vsミゲル飛行連隊
俺たちはベビーフェイスとして、ミゲルたちはヒールとして紹介された。運営にとって、俺たちに悲劇が訪れても、勧善懲悪が果たされても、どちらに転んでも満足のいく筋書きなのだろう。
興行のルールは三つ。
* 飛行隊同士の総力戦。
* 相手の隊長機を撃墜すれば試合終了。
* 宙域には機雷がランダムに設置され、接触すれば爆発する。
告知を見た後、ミゲルがわざわざ俺たちのところへやってきた。
俺の目の前で、首を切る仕草をする。
それからレンナへ目を向けた。
「こいつを殺した後は、可愛がってやるから待ってろよ、かわいこちゃん」
俺は、その場をやり過ごした。
言い返せば、運営が望む映像になる。殴れば、向こうに口実を与える。頭では分かっていたが、怒りが収まらないのを隠しきれなかった。
レンナが俺の手に触れた。
「私を守って」
「ああ」
「無茶もしないで」
「分かってる」
彼女は俺の手を握ったまま、しばらく離さなかった。
今回だけは負けられない。死ねない。
その覚悟を胸に、俺たちは出撃準備へ入った。
告知から二日後、飛行隊に正式な出撃命令が下りた。
ブリーフィング室の壁面には、予定宙域の立体図が映し出されていた。機雷の配置はランダム。地図に表示されたのは設置候補の範囲だけで、実際の位置も量も出撃後じゃないと分からない。
イリヤが全体配置を説明した。
「ミゲル隊は、正面から全機で突っ込んでくる可能性が高い。隊列を崩して乱戦に持ち込むつもりだろう。こちらは各機でバディ(相方)を決め、離れすぎないようにする。機雷を避ける時も、互いの位置を見失うな」
俺は小隊で生き残っている四人を見た。
俺とマレク。リオとネッサ。
それぞれのペアで敵を受ける。どちらかが追われれば、相方が射線を切る。敵機を率先して落とすことより、ペアを維持して生き残ることを優先する。
「マレク、俺と組め。敵隊長機を見つけても一人で追うな。俺が合図するまで射線を維持しろ」
「分かりました」
彼の声には、前の出撃の時のような高揚はなかった。名前を呼ばれただけで、少し肩がこわばる。それでも、視線は逸らさなかった。
「リオ、ネッサと組め。相手が挑発してきても乗るな。ネッサの位置を見失うな」
「分かりました」
「今度は殴りかからないか?」
ネッサが横目でリオを見た。
「戦闘中は殴りません」
「そこ以外でもね」
「……努力します」
イリヤが地図を切り替えた。
「飛行隊全体は19機。欠員はあるが、他の小隊も含めて各自のペアを組ませる。こちらが乱戦に巻き込まれても、周囲の小隊が敵の援護を引き受ける。隊長機のレンは、全体の状況を見ながらミゲルを探せ」
ケンドレが腕を組んだまま口を挟む。
「向こうが全機突撃してきたら、配置図なんてすぐ意味なくなるぞ」
「だから、ペアで動く。隊形が崩れても、隣を見ろ」
イリヤは簡潔に答えた。
格納庫では整備員たちが機体を一機ずつ点検していた。レンナは俺の機体の翼端を確かめ、固定具を指で押す。金属が小さく鳴った。
「この前の損傷箇所は交換した。射撃管制も機雷探知も、動作確認済み」
「機雷の場所がレーダー出てるのか?」
「場所が分からないけど、近付けば探知器が警告して確認できる」
「そうか」
レンナは点検票へ記入し、俺に渡した。
「機体の異音がしたら、すぐ連絡して。自分で判断して飛び続けない」
「分かってる」
「本当に?」
「分かってる」
レンナは俺の返事を聞き、今度はマレクの機体へ向かった。彼の機体の外装を確かめ、計器の反応を一つずつ見ていく。
「マレク、前回の被弾箇所は直してある。だけど、機体が振動したらすぐ言って」
「はい。ありがとうございます」
「礼はいらない。無事に帰ってきて、次の点検に持ってきて」
マレクは、少しだけ頭を下げた。
リオはネッサの機体の横で、ヘルメットと通信機を何度も確かめていた。
「ネッサ、通信が切れたらどうするんでしたっけ」
「まず自分の位置を確認。それから最後に受けた指示を守る。勝手にこっちを探しに来ない」
「分かりました」
「それと、機雷の警告が出たら私の指示を待つ。急旋回して接触したら、二人とも終わりよ」
「はい」
「返事だけはいいわね」
「返事も大事ですから」
ネッサは小さく息を吐いたが、口元にはかすかな笑みがあった。
ケンドレが、リオの肩を軽く叩いた。
「帰ったら飯を奢ってやる。だから帰ってこい」
「未成年に酒を約束しないでくださいよ」
ネッサが言った。
「じゃあ、飯だ」
リオは少し笑った。
「それなら帰ります」
出撃時刻が近づくと、格納庫の隔壁が順に閉じていった。
俺は操縦席に身体を沈め、ハーネスを締めた。計器の灯りが順に点き、通信回線に飛行隊の声が入る。
イリヤの確認。ケンドレの応答。ネッサの短い返事。リオの少し硬い声。マレクの機体信号。
四人の位置が表示された。
発進許可が下りる。
俺たちは射出レールへ進んだ。
開始の合図と同時に、ミゲルの飛行隊は全機で突撃してきた。
前衛も後衛もない。隊長機を守る気も、隊列を保つ気もないようだった。最初から敵陣の奥まで突っ込み、こちらを乱戦へ引きずり込む。そのために機雷原へ突っ込むことすら、ためらわなかった。
「敵機、正面から全機接近!」
ネッサの声が通信に入る。
「散れ! ペアを維持しろ。機雷に近づきすぎるな!」
俺たちが予想していた通り乱戦になった。訓練では、各機が相方との連携を繰り返し確かめてきた。敵が編隊を崩してきても、孤立しない。片方が追われれば、もう片方が射線を切る。撃墜を追うより、隣の機体を見ろ。
マレクは俺の右後方についた。リオとネッサは距離を保ちながら、左側の敵機を引きつけている。
敵の先頭集団が、射程に入った。
俺は速度を落とし、先頭の一機を引きつける。マレクが反対側から短く射撃し、敵の進路をずらした。相手が回避へ動いた先には、機雷の反応があった。
「前方、機雷反応!」
ネッサが叫ぶ。
敵機は急旋回した。後続が避けきれず、機体の一つが機雷に触れる。爆発が広がり、金属片が周囲へ散った。俺は機体を傾け、破片の隙間を抜ける。マレクもすぐに後を追った。
「マレク、俺の右を維持しろ。追うな」
「了解」
通信は短く、落ち着いていた。
敵の一機が大きく旋回し、俺の背後を取ろうとする。マレクがすぐに反応した。敵の進路へ射撃を置き、こちらへ照準が合う前に牽制する。
「助かった」
「まだです。左からもう一機来ます」
俺は機体を横へ倒した。敵弾が胴体の脇を抜ける。マレクの射撃が相手の翼をかすめ、敵は後退した。
左側では、リオとネッサが二機の敵を引きつけていた。
ネッサは敵を追わず、射線を切りながら距離を維持している。リオは相手の後ろへ回ろうとして、ネッサの位置を見て機首を戻した。
「リオ、深追いしない」
「分かっています!」
「今、追いかけようとしたでしょう」
「少しだけです!」
「少しでもだめ」
敵機がネッサへ向きを変える。リオは一瞬ためらい、それからネッサの指示どおり、敵の側面へ回った。短い射撃が相手の進路を塞ぐ。ネッサはその隙に距離を取り、二機で敵の反応域から遠ざけた。
「今の動きはよかった」
「ありがとうございます!」
「でも、声が大きい。集中して」
「はい!」
飛行隊全体の通信には、あちこちから報告が入る。
ケンドレが敵の左翼を引きつけ、イリヤが後方から二つの小隊へ指示を飛ばす。別の小隊が機雷原の外側を回り、敵の援護機を足止めしていた。戦況図の表示は、機体の損傷や位置の変化に合わせて次々と書き換わる。
だが、ミゲルの機体は見失わなかった。
派手な赤と黒の塗装。胴体には、大きく死神が描かれている。迷彩など考えていない。あれを見失う方が難しい。
「ミゲルを確認。中央の機雷群を抜けて、こちらへ向かってる」
マレクが報告した。
「迎え打つ。距離を保て」
「了解」
ミゲルは味方の援護など気にしていなかった。正面から一機へ向かい、射撃を浴びせる。相手が回避すると、追いかけてさらに距離を詰めた。別の機体が側面から撃っても、機体を揺らしてかわし、そのまま乱戦の中心へ突っ込んでいく。
味方の一機が被弾した。
機体が大きく揺れ、脱出ポッドが放出される。ポッドは慣性に押され、戦闘宙域の端へ流れていく。
ミゲルの死神機が、即座にそちらを向いた。
「ミゲル、脱出ポッドを狙ってる!」
通信に誰かの声が飛び込む。
ミゲルは交戦中の敵機を捨て、脱出ポッドへ照準を合わせた。
俺は機体をそちらへ傾けた。だが、間に合わなかった。
死神機の砲口が光った。
脱出ポッドが爆ぜた。短い通信音が一つ、共通回線に混じって途切れる。
「ポッドの反応、消失」
イリヤの声が全体通信に響いた。
ミゲルは何事もなかったように機首を戻し、再び乱戦へ突っ込んでいった。
マレクが息を呑む音が通信に入った。
「……あいつ」
「見るな。前を見ろ」
俺は言った。
ミゲルの機体が、こちらへ向き直る。
赤黒い機体が、機雷の間を縫うように加速してきた。正面から撃ち合うつもりらしい。俺は機体を傾け、相手の射線を外した。マレクが反対側へ回り、ミゲルを挟もうとする。
だが、彼は減速しなかった。
俺へ向けた射撃を最後まで続けながら、機体を急旋回させる。マレクの射線が通る直前に、ミゲルは機雷のそばへ滑り込んだ。マレクは撃てなかった。追えば機雷に触れる距離だった。
俺はミゲルの後ろを取るため、機首を切り返した。だが、その瞬間、別の敵機が横から割り込んできた。射撃が機体の装甲を叩く。警告灯が点滅した。
「隊長、右後方!」
マレクの声に合わせて、俺は機体を大きく傾けた。敵弾が翼の端を削る。マレクが相手を追い払い、俺は体勢を立て直した。
ミゲルは、その隙に再び乱戦の向こうへ抜けていた。
戦場のあちこちで、機体が火を噴いていた。機雷に触れて爆発した機体。射線を見誤り、味方の砲撃に巻き込まれた機体。背後を取られて、一瞬で照準から消えた機体。通信には悲鳴や警告が重なり、誰かの呼びかけが途中で切れる。
「隊長、マレクが敵二機に追われてる!」
ネッサの声がした。
「リオ、マレクを援護。ネッサは俺とミゲルを追う」
「了解!」
「リオ、二機の射線を分けて。近づきすぎるな」
「分かりました!」
ネッサは俺の左へついた。リオはマレクのほうへ向かい、追っていた敵機の片方を引き受ける。マレクは一機に狙われながらも、相方の位置を確認して機体を立て直した。
「リオ、助かった!」
「あとでお礼を聞きます!」
「今は前を見て!」
ネッサがすぐに言う。
俺はミゲルの機体を探した。
死神の塗装は、まだ見えていた。
俺たちは二機で距離を詰めた。ミゲルはすぐにこちらへ向き直る。機体を大きく傾け、マレクの射線を外すと、俺へ向かって加速してきた。
正面から撃ち合う気だ。
俺は機体を下へ滑らせ、射線を避ける。マレクが横から射撃を入れた。ミゲルの機体は機雷の間を縫うように旋回し、爆発の光を背にして反転する。
「こいつ、機雷を気にしてないのか」
マレクが言う。
「気にしている。だから、あの位置を飛べる」
ミゲルは危険な間隔で機雷を避けていた。恐れていないのではない。危険を承知で、相手が追いづらい位置を選んでいる。
戦闘はそこで終わらなかった。
ミゲルの隊は数で押し込み、俺たちは機雷を避けながら隊列を維持する。敵の一機がケンドレの僚機へ食いつき、別の機体がイリヤの側面を狙う。味方の小隊が二つに割れかけるたび、イリヤが全体通信で位置を整えた。
「ケンドレ、右へ下がれ。敵を機雷帯へ誘い込め」
「了解!」
「ネッサ、リオを援護しろ。無理に追うな」
「了解」
「リオ、機雷の位置を声に出せ。自分だけで抱えるな」
「右前方に二つ、左下に一つ!」
リオの報告に、ネッサが応じる。
「聞こえた。左へ抜ける」
二人は、機雷帯を避けながら敵機を引き離していった。別の味方小隊も加勢し、乱戦の中に少しずつ隙間が生まれる。
やがて俺たちは、ミゲルの機体をもう一度捉えた。
マレクが俺の横へ戻ってくる。
「隊長、今度こそ二機で挟めます」
「無理に決めに行くな。俺が右へ回る。お前は距離を保て」
俺たちは左右に分かれ、ミゲルの進路を狭めた。彼は正面の俺を避け、マレクの側へ回り込む。マレクは追わず、機首を返して俺との距離を保った。
ミゲルは一度、俺たちの射線から逃れた。
その時、ラウルの機体がマレクの後ろへ回り込んだ。
「マレク、後ろ!」
ラウルの射撃がマレクの機体を捉える。外装が弾け、推進器の片側から火花が散った。
「被弾しました。姿勢制御が不安定です!」
「脱出しろ、マレク!」
「了解!」
マレクの機体から脱出ポッドが放出された。
俺はすぐにラウルを照準に捉えた。彼は俺へ機首を向ける前に、マレクのポッドを狙おうとしていた。
「ラウル!」
俺は撃った。
射撃が彼の機体を捉え、左側の推進部が爆ぜた。ラウルの機体は回転し、機雷原へ流れていき爆発をする。
その向こうで、ミゲルがマレクの脱出ポッドへ照準を合わせていた。
俺は、マレクのポッドへ向かう進路に機体を割り込ませた。ミゲルの射撃が俺の機体をかすめ、外装の一部が飛ぶ。警告音が鳴ったが、気にしている余裕はなかった。
ミゲルの機体が、もう一度マレクへ照準を合わせる。
俺は照準器の中へ、ミゲルの機体を捉えた。
一撃で仕留めるつもりはなかった。ミゲルの機体の推進部を撃ち抜ければ、マレクのポッドを狙う軌道から外せる。
俺は射撃した。
弾がミゲルの機体の後部を貫いた。推進炎が乱れ、赤黒い機体が大きく傾く。ミゲルは機体を立て直そうとしたが、回転が止まらない。
「敵隊長機、撃墜!」
アナウンスが響いた。
「興行終了。勝者、レン飛行連隊!」
勝利判定が表示された。
ミゲルの機体から脱出ポッドが放出された。彼は生きていた。
戦闘が終わったはずなのに、ミゲルは共通通信を開き、命乞いを始めた。
『レン、待て! 試合は終わった。俺はもう戦えない。撃つな!』
俺は、彼のポッドを照準に捉えていた。
マレクのポッドは、まだそこに浮かんでいた。彼は生きている。ミゲルは、あれを狙った。
俺は返事をしなかった。
『やめろ!!!やめてくれ!!!死にたくない!!!やだぁーーーーーー!!!!』
俺は引き金を引いた。
ミゲルの脱出ポッドが爆ぜた。
通信が途切れる。
俺はマレクのポッドのそばへ機体を寄せた。外装は傷だらけだったが、生命反応はある。
「マレク、聞こえるか」
『……聞こえてます。生きてます』
「ならいい」
飛行連隊、皆の状態を確かめる余裕はまだなかった。俺は画面から目を離し、全体通信を開いた。
「全機、帰投可能な機体は帰投しろ。ブリッジで会おう」
飛行隊の通信には、損傷状況と生存確認が次々に入ってくる。ケンドレの声も聞こえた。隊長機を失った敵隊も戦域を離れていった。
勝利のアナウンスは、まだ何度も繰り返されていた。
喜ぶ気分には、なれなかった。




