戯言 結
飛行隊の帰投報告を受けている間、リオとネッサからの通信だけがなかった。
「リオ、ネッサ。応答しろ」
返事はない。
俺は何度も呼びかけた。全体通信には、損傷した機体の報告や救助艇の要請が重なっている。イリヤが各小隊の帰投状況をまとめ、ケンドレは自分の隊員を一人ずつ呼んでいた。
それでも、二人の声は聞こえなかった。
通信に雑音が走った。
『……こちらネッサ。生存しています。機体は帰投不能。救助艇を要請します』
声は震えていた。泣いているのを、必死に抑えているようだった。
「リオはどうした」
短い沈黙があった。
『リオは、乱戦中に機雷へ接触。機体を撃沈されました』
マレクの叫びが通信に割り込んだ。
『嘘だ!!!!』
俺は送信スイッチを押した。
「マレク、通信を切れ今は救助作業中だ。」
それからネッサへ返す。
「了解。報告は帰投後に聞く」
それだけ告げて、俺は次の機体の報告を受けた。
*
格納庫へ戻ったネッサは、戦闘機から降りられなかった。
整備員たちが機体を固定し、レンナが彼女を支えるために操縦席へ上がった。ネッサは差し出された手を掴み、ようやく機体から降りた。顔は青ざめ、身体の動きもぎこちない。それでも、真っ直ぐ俺のところまで歩いてきた。
俺の前で立ち止まり、敬礼する。
「死に損ないました。私の代わりにリオが死んでしまいました。申し訳ございません」
大きな声だった。言い終えても、彼女は敬礼を崩さなかった。
レンナが近くの椅子を引いた。
「ネッサ、座って。今は無理をしないで」
ネッサは一度俺を見た。俺はうなずく。
「座れ。何があった」
彼女は椅子に腰を下ろした。両手を膝に置き、呼吸を整えてから話し始める。
乱戦の最中、敵機がネッサを追い込んだ。相手は射撃を続けながら、少しずつ機雷の反応域へ彼女を誘導していた。
前へ進めば機雷に突っ込む。進路を変えれば、敵の射線に入る。ネッサは回避を試みたが、機体は損傷しており、選べる進路は残り少なかった。
近くにいたリオが、それに気づいた。
彼はネッサの機体へ迫っていた敵機に射撃を浴びせ、ネッサの進路を塞いでいた位置から敵を押しのけた。だが、敵の射撃で進路を変えた先にも機雷があった。
リオは、そこでためらわなかった。
機体を急加速させ、自分から機雷へ突っ込んだ。
爆発で敵機の照準が逸れ、ネッサが通り抜けるための道が開いた。ネッサの機体は爆風に煽られながらも機雷域を抜けた。リオの機体は爆発に呑まれ、撃沈された。
「通信に、最後の声が残っていました」
ネッサは膝の上で手を握りしめた。
「リオは、最後に……『好きでした』って」
彼女はそこで言葉を切った。目を伏せ、涙を堪えるように唇を結ぶ。
それでもネッサは、報告を最後まで続けた。
彼女は泣いていた。目元は赤く、声も震えていた。それでも、報告を終えた彼女の姿は、最後まで立派だった。
俺は敬礼を返した。
「ネッサ! ご苦労であった。休め」
彼女の肩が小さく揺れた。
俺はレンナへ目を向けた。レンナはうなずき、ネッサの隣に座って背中に手を添えた。彼女を医療区画へ連れていくのも、その後の介抱も任せた。
マレクは格納庫の真ん中に立ったまま動かなかった。
イリヤが、誰にともなくつぶやいた。
「戦争は若え奴ばっかりが死んじまう……」
ケンドレは空いた機体区画を見つめていた。
「飯の約束、したじゃねえか」
周りにいた隊員たちも、何も言えずにいた。飛行隊で一番若いリオが帰ってこなかった。そのことを、誰もが受け止めきれずにいた。
*
翌日から、日常が始まった。
出撃予定が更新され、整備の順番が決まり、訓練区画には次の訓練内容が掲示された。やることがあるのは、救いだった。悲しみに浸る時間がないぶん、手を動かしていられる。
先日のミゲル飛行隊との戦闘で、第三要塞のレン飛行連隊は十九機のうち、リオを含む七機が未帰還となった。ほかに五人が入院し、帰還した者たちも大なり小なり怪我を負っていた。
飛行隊全体の三分の一以上を失った。小隊としての機能は、ほとんど止まったも同然だった。
共用モニターには、戦闘の映像が流れていた。
〈レン飛行隊、激戦の末に勝利!〉
マレクの独断専行については、ほとんど触れられていない。代わりに、リオの戦死が悲劇的な感動場面として編集されていた。機雷の爆発、ネッサの機体が脱出する瞬間、リオの機影が消えるところ。そこへ煽る音楽とナレーションが重ねられている。
俺が最後にミゲルの脱出ポッドを撃ち抜く映像も切り出されていた。
〈レン、怒りの追い討ち!〉
運営は、死者を悲劇に仕立て、俺の判断を見せ場にしていた。
改めて戦果を確認すると、ミゲル飛行隊は二十機で出撃し、生還したのはたった六機だった。パレードでも殲滅戦でもない通常の興行で、戦闘に参加した四十機ほどのうち、半数近くが帰らなかった。
レンナたち整備士は、傷ついた機体の修理に追われた。
俺とイリヤは、小隊の再編と新しい隊員の調整にかかりきりになった。出撃可能な機体を確かめ、欠員を埋める人員を申請し、残った隊員の配置を組み直す。名簿の数字を揃えても、空いた席が埋まるわけではなかった。
ネッサは格納庫へ来て、整備を手伝っていた。
歴戦の戦士らしく、彼女は機体の損傷を見て、必要な部品や作業を整備士に伝えた。無理をするなとレンナに止められても、できることを探して動いた。
泣き腫らした目だけは、隠せていなかった。
俺たちは、見て見ぬふりをするしかなかった。
誰がいなくなるか分からない。ここではよくあることだ。皆がそれぞれ、死者を抱えて生きていく。乗り越えるというより、次の仕事をするうちに、悲しみを脇へ置くしかない。
*
慌ただしい作業に一段落がついた頃、生存者たちで戦死者に花を手向け、酒を飲むことになった。
普段、格納庫での飲酒は禁止されている。今回は許可を取り、機体の並ぶ区画の隅に机を並べた。整備士たちが花を置き、誰かが配給の酒を運んできた。
最初は、声も少なかった。
やがて他の隊からも人が集まり始めた。リオや、帰らなかった仲間たちを慕っていた者たち。ミゲルをよく撃ち落としてくれたと、俺たちに酒を渡す者たち。負傷した隊員を気遣う者もいた。
格納庫は、気づけば大宴会になっていた。
その席で、ミゲルの派閥が大規模な摘発を受けたと聞いた。
ミゲルはエースとして視聴率を稼いでいたため、運営も派閥の問題を見過ごしていたらしい。だが、ミゲルが死んだことで、彼らは興行に利益をもたらす存在ではなくなった。運営にとって、庇う理由もなくなったのだろう。
彼らは実演販売の人身御供にされるのか、パレードに送られるのか。それとも、もっとひどい扱いを受けるのか。先のことは運営にしか分からない。
俺たちにできることはなかった。
酒が進むにつれ、ネッサも飲んだ。
彼女はリオのことをほとんど口にしなかった。周りが何を話していても、時折、空いた席へ目をやっていた。やがて、酒に潰れた彼女が小さくつぶやいた。
「やらせてやりゃあ、よかったなぁ」
聞こえたのは、俺だけだった。
俺は返事をしなかった。
あの言葉は、墓場まで持っていく。




