戯言 序
ジョリとペトルが死んだ翌日。ミーティングを終え、マルクと二人で話し合って、すぐの事だった。
これで一段落すると思っていたわけじゃない。ただ、少なくともマルクは自分の失敗と向き合い始めた。なら、あとは訓練を続けて、次に飛ぶ時に同じ過ちを繰り返さないようにすればいい。
だが、運営はそんな時間をくれなかった。
共用モニターには、昨日の戦闘がもう編集されて流れていた。
ジョリの機体が被弾し、回転しながら敵機の残骸へ流れていく。破片が広がり、ペトルの機体が巻き込まれる。画面が切り替わるたび、同じ映像が違う角度から繰り返される。
〈無敵編隊撃沈!〉
〈新進気鋭マルクの独断専行、その代償は大きかった!〉
〈レン、マルクへ怒りの鉄槌! 小隊の運命やいかに!〉
画面の端では、俺がマルクを殴る場面が何度もスロー再生されていた。殴られたマルクの顔には赤い線が入り、俺を引き離すイリヤとレンナの姿まで、煽るような音楽と一緒に流されている。
「独断専行」だの「怒りの鉄槌」だの、よくもまあ、そんな言葉をつけられるものだ。
運営側の不祥事は隠すくせに、俺たちの失敗は隠さない。朝も昼も夜も、空いているモニターを見つければ、同じ映像と見出しが流れていた。
マルクは、まともに画面を見ないようにしていた。
食堂では、皿を持って席を探す間も、廊下では、次の訓練へ向かう間も、どこかの壁にあの映像が流れている。彼は視線を逸らしていたが、耳までは塞げない。自分の名前が呼ばれるたび、肩がわずかに強張った。
ここには、常識のある人間もいる。
何も言わずに通り過ぎる者。慰めの言葉をかける者。マルクの顔を見て、話題を変える者もいた。
だが、ここは戦場でもあるし、要塞には、犯罪を犯して外から連れてこられた人間もいる。酒に酔った勢いで誰かを傷つける者も、人気のある俺を引きずり下ろしたがる者もいた。治安も良くなく娯楽が少ないこの場所では、すぐに悪意を行動に移す者もいる。
「仲間殺し」
「無謀のマルク」
「戦犯野郎」
わざわざ本人に聞こえる距離で、そう囁く者が出てきた。
マルクは言い返さなかった。言い返すどころか、目を合わせることさえ避けた。訓練には出る。必要な返事もする。だが、身体を小さくして、通路の端を歩くようになった。
それを見て、飛行隊の仲間が怒った。
「もう一度言ってみろ」
「撃墜された奴の尻拭いをした気分はどうだ?」
言葉が荒くなり、襟元を掴む者まで出た。何度か、殴り合いになりかけた。
そのたびに、俺とイリヤで止めた。
「ここで騒ぎを起こすな」
「レン、あいつらはマルクを――」
「分かってる。何とかする」
イリヤも、声を荒げずに周囲を散らした。レンナはマルクのそばへ行き、何かを言うのではなく、彼が一人きりにならないようにした。
だが実際は、舐められ続けるわけにはいかなかった。
俺とイリヤ、それに飛行隊のベテランたちは、夜な夜な、個人的かつ紳士的な話し合いを続けた。
翌日から、マルクやうちの飛行隊を中傷する声は、少しずつ減っていった。
結構な人数が怪我をして医療区画が混雑したらしい。話し合いは、全員にこちらの意見をよく理解してもらえるまで徹底的に続けた努力の賜物である。
それは今回の話とは、そんなに関係していない。
ただ、運営の放送だけは、どうしようもなかった。
一週間が過ぎても、頻度こそ減ったものの、マルクの失敗を使った映像は流れ続けた。俺がマルクを叱責する場面も、二人が同じ画面に映るたびに、別の意味を与えられていた。
さらに、唯一撤退した敵機の操縦士のインタビューまで流された。
「マルク機の動きには、隙があった。正面から誘えば、必ず追ってくると思った」
画面の中の男は、傷の残る顔でそう語る。映像はそこで止まり、マルクが敵機を追っていく場面へ切り替わった。
これは、さすがの俺も予想外だった。
俺が若かった頃は、無謀な若造がエースに挑み、撃墜された。それだけの話だった。今回は違う。戦績を積み重ね、欠員を出さずに帰還を続けていた俺の小隊で、人気のあるエースの指示を無視した。その結果、二人が死んだ。
運営にとっては、使いやすい話なのだろう。
マルクは殊勝にも、訓練へ真面目に参加していた。映像を一人で眺めている姿を見かけることもあったが、感情を表に出すことはなかった。誰が何を言っても、「自業自得です」と答えていた。
それが唯一の救いだった。
俺は、同じ飛行隊の小隊長、ケンドレ・スミスに相談した。二十九歳。黒人系の大柄な男で、鍛え上げた身体は軍服の上からでも分かる。普段は陽気で気さく、相手が誰でも気負わずに声をかける。紳士的な夜の話し合いにも率先して協力してくれていた。
「マルクを、少し連れ出してやってくれないか」
「訓練以外で?」
「ああ。飲みにでも連れていけ。あいつには、少し別のことを考える時間がいる」
俺は金を渡した。
「それと、できれば女も抱かせてやってくれ。気持ちを切り替えるきっかけくらいにはなるだろ」
ケンドレは、渡された金を見てから俺の顔を見た。
「分かった。連れていく」
「リオも一緒に飲みに連れていけ」
「あのチビ助もか」
「ああ。ただし、飲ませすぎるなよ」
「分かってる」
ケンドレは快諾した。
その夜、彼はマルクとリオを連れて酒場へ向かった。リオは格納庫で、ジョリとペトルが戻らないことを知った。いつもの調子で冗談を言おうとして、結局何も言えなかった。あいつにも、あいつなりの時間が必要だった。
マルクとリオがその先で誰と過ごすかは、ケンドレに任せた。
俺はその足で、エースパイロットエリアの奥にある運営区画へ向かった。
クロイツに直接話をするつもりだった。
受付のアンドロイドは、俺の名前を確認すると、すぐに面会を取り次がなかった。端末で何度か確認を繰り返し、しばらく待つよう告げる。
十分ほどしてから、返事があった。
「興行運営部長は、一時間後であれば面談が可能です」
予想外に早い返答だった。
俺はエースラウンジへ戻り、待ち時間を潰すことにした。ソファの端に腰を下ろし、薄い酒を一杯だけ頼む。ラウンジには、他のエースたちがそれぞれの時間を過ごしていた。酒を飲む者、本を読む者、女を連れている者。誰もが、昨日の映像の話をしているわけではない。
それでも、壁際のモニターが視界に入るたび、マルクの顔が流れた。
「部下をしばき回してくれて、大変お世話になったな」
声をかけてきたのは、ミゲル・マルセーラだった。
元犯罪者の経歴を持つ、別の飛行隊のエース。二十五歳くらいに見えるラテン系の若手だ。襟元を開けた服から、胸に彫られた泣いたピエロのタトゥーがのぞいている。目元には涙を模した色の付いたタトゥーがあり、首や腕にも、トゥーフェイスや短剣の刺さった頭蓋骨など良くない意味を持つ絵柄がいくつも続いていた。隠す気はないらしい。むしろ、見せつけるように肌を露出していた。
戦場では真っ先に突っ込み、乱戦を好む。脱出ポッドを見つけると、ほかの敵機より優先して狙いに行く危険な男だと聞いていた。
ミゲルは俺の向かい側に立ち、笑っているのか怒っているのか分からない顔で、こちらを見下ろしていた。
「どういたしまして。気にしなくていい。礼儀を教えたまでだ」
俺はグラスを置いた。
ミゲルは、俺の返事を聞いて口元を歪めた。
「ずいぶん丁寧な礼儀だな」
「相手に合わせただけだ」
「今度は俺にも教えてくれるのか?」
「必要ならな」
ミゲルは笑った。俺も笑い返した。
声を荒げる者はいない。手を出す者もいない。だが、周囲の会話が少しずつ途切れていく。ラウンジの空気が張りつめ、何人かがこちらを見ていた。
ミゲルの後ろには、彼の隊の男が二人いた。俺の背後には、ラウンジのアンドロイドがいる。殴り合いになれば、運営にとってはまた一つ、映像の材料が増えるだけだ。
「レン・タチバナ。面談の準備ができました」
呼び出しの声が、張りつめた空気を切った。
俺は立ち上がった。
ミゲルは道を譲ったが、すれ違う時に肩が触れた。偶然なのか、わざとだったのか、確かめる気はなかった。
案内された部長室には、クロイツがいた。
黒い革張りのソファに座り、ブランデーグラスを手にしている。火のついた葉巻から、薄い煙が立ち上っていた。
「何用かね、レン君」
「一週間前の戦闘映像についてです。マルクの失敗と、ジョリとペトルの撃墜場面を何度も流している。本人に悪い影響を及ぼしている、辞めてもらえませんか」
クロイツは目を見開き、葉巻を持つ手を大きく広げた。
「おおーーーーー、それは可哀想なことをした! 若い者が失敗を責められ、追い詰められる。聞いていて気持ちのいい話ではないな」
その声には、心から気の毒に思っているような響きがあった。少なくとも、言葉だけを聞けば、誰もが頷くような反応だった。
クロイツはブランデーをひと口飲み、続けた。
「有能な新人を一度の失敗で潰すのは、会社にとっても損失だ。マルク君には、立ち直ってもらわねばならない」
「なら、配信を止めてください。あれは俺の小隊への妨害になっている。マルクを追い詰め、次の出撃で判断を鈍らせる。隊の士気も下げる」
「君の懸念はもっともだ。傷ついた若者をいたずらに責め続けるのは、感心せん」
クロイツは、深く頷いてみせた。
「だからこそ、挽回の機会を与えよう。失敗した新人が立ち上がり、仲間の信頼を取り戻す。観客の心を動かす、実に分かりやすい展開だ」
彼は葉巻をくゆらせ、満足そうに笑った。
「マルク君にも、君の小隊にも、次の興行で活躍してもらう。視聴者はその姿を見たがっているだろう」
嫌な予感がした。
「配信を止めるんですね」
「繰り返し映像は止めさせよう。だが、視聴者が知った話題を、すぐに忘れさせるわけにはいかない」
葉巻を灰皿に置き、ブランデーをひと口飲んだ。
「期待しているよ、レン君」
俺は念を押した。
「あの映像を流し続けるのは、必ずやめてください」
「分かった。話は以上だ」
部長室を出て、俺はラウンジへ戻らず、そのまま居住区へ向かった。
翌朝、共用モニターの映像は変わっていた。
ジョリとペトルの撃墜映像は流れていない。代わりに、マルクを庇う飛行隊と、ミゲルの部下たちとの間に因縁があるかのような編集映像が流されていた。
〈小隊の絆を踏みにじる挑発〉
〈マルクを支える飛行隊の仲間たち〉
〈ミゲル隊との衝突、近日公開〉
昨日のラウンジでのやり取りが、すでに予告映像に使われていた。
画面には、俺がミゲルと向かい合う場面が映る。
それが音楽と字幕で飾られ、今にも殴り合いが始まるように仕立てられていた。
少し離れた通路の向こうに、ミゲルがいた。
彼は俺に気づくと、こちらを見たまま中指を立てた。
俺は何も返さなかった。
マルクの失敗を笑いものにする戯言は、画面や要塞から消えた。
その代わり、別の戯言が始まった。
終わらせるには、もう少しかかりそうだった。




