慣れ
有給休暇が明けてから、三か月が過ぎた。
その間に、俺たちは七度の実戦を経験した。派手な興行もあれば、旗艦を落とすだけの単純な戦闘もあった。訓練通りに完璧に飛んだから全員が生き残れた――そう言い切るつもりはない。敵の判断が遅れた日もあれば、砲撃が数秒ずれた日もある。運に助けられたことだって何度もあった。
それでも、七度とも俺の小隊から欠員は出なかった。
周りの小隊から、以前より声をかけられるようになった。出撃前に編隊の組み方を聞かれることもあれば、帰還後に判断の理由を尋ねられることもある。尊敬の眼差しを向けられるのは、居心地が悪かった。人の目が集まるほど、その後に起きることまで見られている気がした。
マルクは、実戦を重ねるごとに自信をつけていた。
訓練では慎重だった彼も、今では撃墜数を口にするようになった。戦果表示が更新されるたび、自分の数字を確かめる。仲間の数字も見てはいるが、最後には自分の記録へ目を戻していた。
今回の出撃でも、マルクは一機を撃墜した。
帰投後、格納庫へ戻る通路で、彼は少し悔しそうに笑った。
「あと一機、落としたかったです」
「一機落としたんだ。十分だろ」
「でも、最後の一機を追いきれませんでした。照準には入ったんですけど」
イリヤが横から口を挟んだ。
「自信を持つのは大事だ。だが、自信がついたばかりの時期は、無謀なことをしやすい。自分の腕を確かめるために、命令より撃墜数を優先するな」
「はい」
マルクは返事をした。声は素直だったが、視線はもう次の戦果を数えているようだった。
イリヤは、こういう時のマルクをよく見ていた。俺も気づいていた。けれど、今回の一機撃墜を喜んでいる相手に、生還直後で釘を刺すのも違う気がした。
「今回の撃墜はよかった。照準を合わせるまで焦らなかったな」
「ありがとうございます」
「ただし、イリヤの言うことも正しい。次も同じようにいくとは限らない。そこは忘れるな」
「はい。分かっています」
彼はそう答えた。
俺は、その返事を聞いて、わずかな不安を覚えた。分かっている、と口にすることと、身に染みていることは違う。だが、その場では、それ以上言わなかった。
うちの小隊の名簿に空きができたのは、そんな会話をした翌週だった。
その日の興行は、敵の護衛艦隊が守る輸送船団を強襲し、輸送船を撃沈するものだった。舞台は、要塞間の航路を模した宙域。輸送船は大型の貨物船が三隻。護衛には駆逐艦二隻と戦闘機がついていた。
勝利条件は、輸送船の轟沈。
俺たちの小隊は遊軍として動く。敵の戦闘機を散らし、護衛艦の注意を引きつけ、味方の駆逐艦が輸送船へ砲撃を通す隙を作る。いつもの役割だ。
俺、ジョリ、ネッサ、ペトル、マルク。五機編成。全員、機体に問題はない。出撃前の点検表にも、異常を示す項目はなかった。
リオは予備隊に回されていた。格納庫の出撃レーンから少し離れた場所で、予備機の発進準備を手伝っている。俺たちが機体へ向かうと、ヘルメットを脇に抱えたまま声をかけてきた。
「隊長、今日こそ俺の出番かと思ったのに」
「予備隊の仕事は、出番がないまま終わることだ」
「夢がないなあ」
「夢を見たいなら、帰ってから見ろ」
「じゃあ、帰ってくるまで起きてますよ」
リオは笑った。いつもの調子だった。俺は軽く手を上げて応じ、出撃用の通路へ向かった。
格納庫で、マルクがヘルメットを抱えたまま言った。
「今日は三機、いきます」
「何をだ」
「撃墜です。目標を決めておいた方が、集中できますから」
「目標を決めるのは勝手だ。追いかける相手を間違えるな」
「分かっています」
彼は笑って答えた。
俺は、そこで言い直さなかった。自信を折る必要はないと思ったからだ。イリヤの忠告を聞いているだろう。俺の言葉も聞いている。そう考えて、機体に乗り込んだ。
出撃すると、前方には味方の駆逐艦が二隻。敵の輸送船団は、その後方に護衛艦を置いて進んでいた。輸送船の船体は鈍い灰色で、貨物区画の外装に企業ロゴが並ぶ。あれも、観客には商品として映るのだろう。
味方駆逐艦が前進を始めた。
「敵護衛艦、主砲旋回を確認」
ペトルの声が通信に入る。
「駆逐艦の砲撃が通るまで、俺たちは護衛機を引きつける。正面から突っ込むな。艦砲の射線を横切る時は、必ず俺の合図を待て」
「了解」
ネッサが即答する。
「了解しました」
ジョリは一拍遅れて返した。
マルクの返事は、短かった。
「了解」
敵の駆逐艦がこちらを向く。砲塔が回り、照準の光が機体の周囲を走った。まだ撃ってこない。俺たちがどこまで近づくか測っている。
「右へ散開。敵機を護衛艦から離す」
俺の指示で、ネッサとペトルが右へ。ジョリは左へ大きく回り、マルクは俺の後ろについた。
敵機が迎撃に出た。最初の一群は、こちらを追い払うように近づいてくる。俺は速度を落とし、敵の先頭を引きつけた。後ろから来たネッサが短い射撃を浴びせ、敵の隊列を割る。
一機が大きく回り、駆逐艦の影へ逃げた。
「追わない。隊列を維持しろ」
マルクが機首をそちらへ向けかけたが、指示を聞いて戻した。
その時点では、まだよかった。
味方駆逐艦が敵護衛艦へ砲撃を開始した。主砲の閃光が、暗い宙域を一瞬だけ白く染める。敵護衛艦は回避運動に入り、輸送船団の進路が乱れた。
「護衛艦の二番砲塔、損傷。反撃が弱まっています」
ペトルが報告する。
俺たちの仕事は、敵戦闘機を駆逐艦から引き離すことだった。敵機は二手に分かれ、片方が俺たちを追い、もう片方が味方駆逐艦へ向かう。ネッサが敵の進路を遮り、ジョリが射線をずらす。ペトルは距離を保ち、追撃に出た敵へ牽制射撃を続けた。
「ジョリ、左の二機を見ろ。ペトル、ネッサの援護。マルク、俺についてこい」
「了解しました」
ジョリの返事は緊張で硬かったが、動きは落ち着いていた。敵機の背後へ無理に回らず、射線が通る瞬間だけ撃つ。訓練で教えた通りだった。
味方駆逐艦が前へ出る。
輸送船団は逃げようと進路を変えたが、護衛艦の一隻が推進部を損傷し、隊列の速度が落ちた。敵の戦闘機はそちらへ戻ろうとする。俺たちはその動きを止め、味方の駆逐艦が輸送船へ接近する時間を稼いだ。
「敵輸送船まで、射程に入ります」
ペトルが言った。
戦闘は、勝ち筋に乗っていた。
駆逐艦の砲台を一つずつ潰し、護衛の射線を崩す。敵戦闘機もこちらを追う余裕がなくなり、輸送船団の周囲から散っていく。残った護衛機は、退路を確保するために後方へ下がった。
マルクが、敵機の一機を追い詰めていた。
「マルク、深追いするな。そいつは護衛艦の側へ逃げている」
「分かっています」
敵機は、損傷したように見えた。翼の端から小さな破片が散っている。マルクの照準が重なり、短い射撃が走った。
敵機の推進部が爆ぜた。
撃墜表示が出る。
「二機目、撃墜しました!」
マルクの声が明るくなる。
敵機の爆発を見た直後、別の機影が旋回してきた。撃墜された機体の僚機らしい。こちらを見つけると、まっすぐマルクへ向かってくる。
「敵機、マルクへ接近!」
ネッサの報告が入る。
マルクは回避せず、正面を向いた。
「マルク、下がれ。敵の突撃を受けるな。こちらへ戻れ」
「あと一機です。こいつを落とせば――」
「戻れ。繰り返す、マルク、戻れ」
俺は機首を返した。マルクとの距離を詰める。ネッサとペトルも、援護位置へ動いた。ジョリはマルクの後方を警戒しながら、追撃してくる敵機の進路を塞ごうとする。
敵機は、明らかにマルクだけを狙っていた。
マルクは相手の挑発に乗るように、正面からドッグファイトへ入った。二機は螺旋を描きながら、互いの背後を取ろうと回り始める。
敵機の旋回は荒い。だが、マルクも負けずに食いついていた。照準が重なりかける。二機の機体が交差するたび、射撃が空を切った。
「マルク、離れろ!」
俺の声に返事はない。
敵機がもう一度、マルクの前を横切った。マルクは追う。相手が逃げているように見えたのだろう。だが、敵機は味方の護衛艦から離れた場所へ、マルクを引きずり出していた。
その時、別方向から三機の敵援護が現れた。
「敵機三、追加! マルクの後方へ回っています!」
ペトルが叫ぶ。
「全機、マルクを回収する。ネッサは右から押さえろ。ジョリ、後方の射線を切れ。ペトルは距離を保って俺を援護!」
俺たちは一斉に加速した。
敵の三機は、俺たちが近づくのを見て散開した。マルクへ向けていた照準を一度外し、こちらを牽制する。だが、マルクはまだ最初の敵機を追っていた。旋回の輪から抜けられない。
戦闘は、そこで乱戦に変わった。
ネッサが右側の敵機へ射撃を浴びせ、相手の進路を押し戻す。俺は中央の一機に狙いを定めたが、別の敵が間へ割り込み、機首をこちらへ向けた。警告音が鳴る。俺は機体を傾け、射線から外れた。
「ジョリ、左後方の敵を押さえろ!」
「了解しました!」
ジョリは即座に進路を変えた。敵機の照準をマルクから逸らすため、距離を詰めすぎずに射撃を置く。敵はジョリへ向き直り、射線が外れた。
その一瞬、マルクに狙いをつけていた二機の敵から、射線がずれた。
だが、敵はすぐにジョリを捉え直した。
「ジョリ、回避!」
俺が叫ぶ。
ジョリの機体が横へ跳ねる。最初の射撃は外れた。二射目が翼の付け根を掠め、三射目が胴体に入った。
機体の姿勢が崩れる。
「ジョリ、脱出しろ!」
「機体が――操縦が、ききません!」
ジョリの声が途切れ、機影が回転を始めた。脱出装置の作動表示は出ない。
「ジョリ!」
彼の機体は、敵機の残骸が漂う宙域へ吸い込まれるように流れていった。そこへ、ネッサの射撃を受けて損傷した敵機が突っ込む。二つの機体が衝突し、火花と破片が散った。
ジョリの反応が消えた。
爆発の破片が広がった先に、ペトルがいた。
彼はジョリを追っていたわけではない。だが、味方を援護するために接近していた。破片のひとつが、ペトルの機体の左翼にぶつかる。翼が折れ、機体が急激に傾いた。
「ペトル、姿勢を戻せ!」
返事がない。
機体の外装が裂け、推進系の警告が一斉に点灯した。ペトルの機影は、ジョリの残骸と同じ方向へ回りながら落ちていく。
「ペトル、応答しろ!」
無線には、雑音しか返らなかった。
生存反応なし。
俺は一瞬、操縦桿を握る手に力を込めた。
マルクの声が聞こえた。
「俺が……俺のせいで……」
「黙れ、マルク。今は生き残れ。ネッサ、俺と来い!」
敵機は散開しかけていた。俺とネッサで追い込み、まず一機の進路を塞いだ。相手が回避に入る先へ、俺は射撃を置く。ネッサの弾が翼を捉え、敵機の姿勢が崩れた。
もう一機が俺の背後へ回る。
「後ろ!」
マルクの声だった。
俺は機体を急旋回させた。敵の射線が胴体の脇を通り抜ける。ネッサがその敵の背後を取り、短い連射を浴びせた。機体が爆ぜ、撃墜表示が出る。
残った一機は、輸送船団の影へ逃げた。追撃はしなかった。
その瞬間、味方駆逐艦の主砲が輸送船を捉えた。砲撃が貨物区画を貫き、船体の中央で光が膨らむ。輸送船は内部から崩れ、残った二隻も隊列を離れて散った。
「敵輸送船、轟沈を確認」
「興行終了。勝者、第三要塞!」
アナウンスが勝利を告げた。
俺は、何も答えなかった。
*
帰還した小隊に、会話はなかった。
格納庫では整備員たちが機体を受け取り、損傷箇所の記録を始めた。俺は機体から降りると、ヘルメットを床へ投げ置いた。ジョリとペトルの機体が、格納庫に戻ってこなかったことは誰の目にも明らかだった。
予備隊の区画にいたリオが、格納庫の入口まで走ってきた。いつものように何か冗談を言おうとしていたのか、口を開きかける。だが、俺たちの後ろに二つの機影がないのを見て、言葉を止めた。
「……ジョリさんと、ペトルさんは?」
俺は答えなかった。
リオの顔から、笑いが消えた。彼は手にしていたヘルメットを抱え直し、戻ってこない二人の機体が入るはずだった格納庫の区画を見た。
マルクは少し離れた場所に立っていた。顔色は悪く、手が震えている。
俺は彼の胸ぐらを掴んだ。
「お前が戻っていれば、乱戦にはならなかった」
マルクは何も答えない。
「敵は一機だった。俺たちと合流して、数の有利を使えばよかった。そう教えてきたはずだ」
「はい……」
「命令も聞かなかった。お前が敵機を追ったせいで、俺たちはバラけた。ジョリが射線を切りに行って、撃墜された。ペトルはその破片に巻き込まれた」
「はい……」
「二人が死んだんだぞ」
マルクの口が震えた。
「すみません……」
俺は彼を殴った。
一発、二発。マルクは抵抗しなかった。俺は胸元を掴んだまま、床へ押し倒した。周囲から声が上がる。
「レン、やめろ!」
イリヤが俺の腕を掴んだ。
「離せ」
「もういい。マルクは分かってる」
「分かってるなら、どうして戻らなかった!」
レンナが反対側から俺の肩を押した。
「レン、やめて!」
「こいつが命令を聞いていれば、二人は――」
「分かってる! だから、もうやめなさい!」
俺の拳が止まった。
マルクは床にうずくまり、泣いていた。謝罪の言葉を繰り返していたが、声はかすれて、何を言っているのかほとんど聞き取れなかった。
ネッサが俺たちの間に入った。
「隊長。ここで続けても、ジョリとペトルは戻らない」
俺は手を離した。
イリヤがマルクを起こし、医療区画へ連れていった。俺は何も言わなかった。レンナは、俺の拳についた血を布で拭き取った。
リオは少し離れたところに立ったまま、何も言わなかった。いつもなら、場を和ませるために何か言う。だが、その時は、冗談を探すように唇を動かしただけで、結局ひとことも出てこなかった。
その夜、マルクは謝りに来た。
俺は扉を開けず、翌朝のミーティングで話すとだけ伝えた。
*
翌日、飛行隊の会議室に、出撃記録と戦闘映像が並べられた。
イリヤが、まず全体の流れを説明した。味方駆逐艦が輸送船へ接近するまで、作戦は予定どおり進んでいたこと。敵護衛機の配置が崩れ、俺たちの小隊が遊軍として機能していたこと。マルクの二機目の撃墜後、敵機が報復に出て、そこへ援護の三機が加わったこと。
映像が止まる。
マルクが敵機を追い、俺たちの隊列から離れる場面だった。
「ここでマルクが引いていれば、敵の三機が来ても、五機で受けられた。少なくとも、ジョリが一人で射線を引き受ける形にはならなかった」
イリヤが説明した。
俺は、映像の中でマルクが機首を返しかけ、また敵機を追っていくところを指した。
「ここで戻るんだ。相手が逃げたように見えても、追うな。仲間の位置を確認して、隊列に戻れ。撃墜を取りに行くのは、それからでいい」
別の飛行隊の隊員が、戦域全体の動きについて質問した。イリヤは駆逐艦の砲撃タイミングや、敵護衛機がどこで分散したかを説明する。ネッサは、ジョリが射線を切った判断そのものは間違っていなかったと補足した。ただ、援護に向かう味方との距離が開きすぎていた。
ペトルの機体が破片に巻き込まれた場面は、何度も再生された。
誰も、そこに言葉を挟まなかった。
マルクは会議の間、一度も発言しなかった。視線を落とし、両手を固く握りしめている。
ミーティングが終わると、俺はマルクを部屋に呼んだ。
二人きりになってから、俺は椅子に座るよう促した。マルクは立ったまま、俯いている。
「お前は、許されない失態をした」
「はい」
「ジョリとペトルが死んだ。お前が命令を無視して敵を追った。そのせいで、小隊が崩れた」
マルクは、唇を噛んだ。
「すみませんでした」
「謝っても二人は戻らない」
「はい……」
俺はしばらく黙った。
自分の声が、思ったより落ち着いていることに気づいた。昨日は殴った。今も怒りが消えたわけではない。それでも、怒鳴り続けても、死んだ二人の代わりにはならない。
「俺も、同じことをしたことがある」
マルクが、初めて顔を上げた。
「俺がルーキーだった頃だ。この要塞で一緒に育った同期がいた。そいつと二機で組んで、敵を攪乱する戦い方をしていた。出撃すれば、一機くらいは落とせることが多かった。落とせない日でも、無傷で帰ってくることがあった」
俺は、記憶の奥から、当時の戦場を引っぱり出した。
「そのうち、自分が強くなったと思い込んだ。戦場で殺し合うことにも慣れていた。初めて敵のエースとぶつかった時、俺たち二機なら勝てると思った」
当時の小隊長は、俺たちを止めた。
命令に従い、隊列を保て。エースは味方の援護を待ってから相手にしろ。そう言われた。
だが、俺たちは聞かなかった。
「エースを落とせば、名誉になると思った。二機で挟めば勝てると思った。止められたのに、二人で突っ込んだ」
俺は、マルクを見た。
「相手にならなかった。挟んでいたはずなのに、気づいた時には、エースは同期の後ろを取っていた。撃墜されるまで、一瞬だった」
相棒の機体が爆ぜた光を、俺はまだ覚えている。呼びかけても返事はなかった。助けに戻ることもできず、その場で敵に照準を合わせることしかできなかった。
「俺は後から来た小隊の仲間と、味方のエースに助けられて生き残った。かけがえのない仲間を失った」
「隊長も……同じようなことを」
「言い訳にはならない。俺が命令を無視したのは事実だ。仲間が死んだのも事実だ。俺はその経験を持って、今も生きてる。背負ったままだ」
マルクの目に、また涙が浮かんだ。
「俺は、何をすれば……」
「生きろ」
俺は、はっきりと言った。
「ジョリとペトルの悔しさを背負って、生きろ。死んで償うなんて、勝手に楽になるだけだ。ここでは、戦わない戦闘員は目をつけられる。実演販売に回されることもある。パレードで不利な役を押しつけられることもある。戦場に出なければ安全、なんてことはない」
マルクは俯いた。
「お前が次に飛ぶ時、二人の分まで撃墜しろとは言わない。二人のことを忘れるな。だが、二人の死を理由に無謀なことをするな。命令を聞け。仲間の位置を見ろ。帰ってこい」
「……はい」
「生きろ。それがお前の償いだ」
マルクは返事をした。声はまだ震えていたが、今度は目を逸らさなかった。
部屋を出ると、廊下の向こうに、ジョリとペトルの名札を外した後の空きが見えた。
三か月前、俺たちは七度の実戦を生き延びた。その数を、いつからか当たり前のように数えていた。
慣れって怖い。
生き残ることに慣れて、危険を小さく見積もる。撃墜数を重ね、自分の腕を信じ、次も帰れると思い込む。そうして、隣にいる人間が死ぬ瞬間まで、戦場が日常だということを忘れていく。
俺は空いた名札の場所から目を離し、次の出撃表を見に行った。




