テレビショッピング
退院の翌日、俺は飛行隊へ出勤した。
格納庫へ入ると、機体を囲んでいた整備士たちが何人かこちらを見た。前の日まで病室にいた人間が、もう制服を着て歩いている。そういう目だった。
イリヤが俺を見つけ、端末を差し出した。
「今日から二週間、飛行隊全体に有給休暇だ」
「有給?」
「興行運営部長命令。パレードでの功績を評価して、だそうだ」
画面には、休暇期間と対象者の一覧が表示されていた。俺の名前だけではない。イリヤも、ネッサも、ペトルも、マルクも。飛行隊の全員が対象になっている。
格納庫の奥では、若い連中がもう浮かれていた。ジョリが休暇の日数を確かめ、マルクは仲間と酒場の話をしている。レンの小隊に加わったばかりのペトルも、端末を見てわずかに表情を緩めていた。
リオは大げさに両手を広げた。
「二週間も休みなら、俺はこの要塞で一番長い昼寝をする!」
「訓練はするからな」
イリヤのひと言で、リオの腕がゆっくり下がった。
「……昼寝の前に訓練を終わらせればいいんですね」
「そういう話じゃない」
「分かってます。分かってますとも。二週間、俺の自由は訓練に奪われるんだ」
「やった、二週間も休みです!」
ジョリが声を上げた。
「酒場に行こうぜ。今日くらいは朝まで――」
マルクが仲間に言いかける。
ペトルが端末から顔を上げた。
「休暇扱いなのに、訓練は予定どおりなんですか」
「出撃がないだけだ。休んで腕を鈍らせて、次の興行で死ぬ。そんなことになったらしょうがないからな」
ルーキーたちの顔から、笑みが消えていった。
俺は彼らの肩を順に叩いた。
「二週間、死ぬ予定が先に延びただけだ。訓練が終わったら酒くらい飲める」
「それ、慰めになってますか」
マルクが聞いた。
「なってるだろ。休みはあるんだ」
「隊長がそう言うなら……」
ジョリは納得していない顔をしながらも、敬語で答えた。ペトルは端末をしまい、静かに訓練予定を確かめている。喜びが消えたわけではない。ただ、浮かれたままではいられなくなったらしい。
レンナにも同じように休暇が出ていた。だが、俺が入院している間も飛行隊は出撃していたらしい。格納庫には、整備待ちの機体が残っていた。
彼女は作業予定を端末で確認し、修理箇所を順に見ていた。
「次の出撃まで時間がある。今度こそ、全部きれいに直せる」
声が少し弾んでいた。俺はその横顔を見ながら、心の中で決めた。
このワーカーホリックは、なんとかしなきゃならん。
「休暇中くらい、工具を置いたらどうだ」
「休暇中だからよ。出撃がないうちに直せる」
「それを休暇と呼ぶのか」
「呼ぶわよ」
レンナは迷いなく答え、また機体の点検表に目を落とした。
二週間の休みは、出撃が止まっただけだった。俺たちは日々訓練を重ねた。射撃、編隊飛行、回避機動。シミュレーターで確認し、実機の前で手順を繰り返す。
マルクは同じ回避機動を何度もやり直した。操作を誤るたび、記録を見てからもう一度シートに座る。ペトルは訓練記録を細かく読み、うまくいかなかった箇所を見つけると、次の順番までに手順を確認していた。
仕事が終われば、いつもより多めに酒を飲んだ。報酬が増えたわけでもないのに、休みだと思うと財布の紐が緩む。口座残高は、自由市民権には相変わらず遠い数字のままだった。
そんな日々の中で、俺は新型の戦闘型アンドロイドの広告を見かけるようになった。
格納庫の壁面モニターにも、食堂の端末にも、同じ映像が流れている。ここ最近、何度も目にしていた。だが、立ち止まってきちんと見たのは、その日が初めてだった。
画面に映ったのは、対人用陸戦型アンドロイド、P12QA。
人間のような上半身が、戦車の車体に直接つながった形をしていた。腰から下は人間の脚ではなく、低い装甲車体と履帯。腕には大口径の機関銃が取り付けられ、肩には武装の交換用ハードポイントが並んでいる。
ナレーションが、軽快な音楽に合わせて性能を並べ立てた。
「対人用陸戦型アンドロイド、P12QA。感情を排した制御により、戦闘中の判断遅延を最小化。防弾性能を高めた車体と、12.7ミリ弾を使用するマシンガンを標準装備!」
画面の機体が、建物の角を回る。
「肩部ユニットは用途に合わせて換装可能。小型ミサイル、ロケットランチャー、対戦車ライフルなど、多彩な重火器に対応。面封鎖から掃討戦まで、幅広い作戦に力を発揮します!」
機体が火線を浴びる映像に切り替わった。弾丸は装甲に弾かれ、機体は速度を落とさず進む。
「ホーミングミサイルへの対抗にはフレアシステム。熱感知システムを含む各種センサーが、潜伏した敵も見逃しません。P12QAが、地上制圧の新しい常識を変えます!」
よくできた広告だった。映像の中では、相手は反撃しているように見える。だが、機体にはほとんど傷がつかず、撃たれた側だけが倒れていく。
この会社が新型兵器を発売する時は、大抵よくないことの前触れだった。
画面の最後に、実演販売の告知が出た。
『●月●日●時より 実演販売配信』
テレビショッピングで包丁の切れ味や布団の寝心地を試す番組がある。あれと同じだ。戦争道具も、実際に使って見せれば売れやすい。会社にとっては当たり前の宣伝方法なのだろう。
問題は、実演に使われる相手が、たいてい人間だということだった。
実演販売は、俺たちの休暇中に行われるらしい。
今回の参加者に、俺たちの仲間はいなかった。少なくとも、飛行隊の名簿には誰も載っていない。それは幸いだった。実演販売という名前をつけた虐殺に、知っている顔が出ない。そのことに、俺はひとまず安堵した。
ルーキーたちは、まだ広告の武器を話題にしていた。
「ロケットランチャーを使えるんだろ? あれなら、いくら装甲が厚くても――」
マルクが言いかけた。
「ホーミングミサイルをフレアでそらせるって、すごいですよね」
ジョリは画面を見たまま言った。
ペトルは、広告の映像を少し戻して見ていた。
「発射されたミサイルが、かなり近くまで届いてから軌道を変えていました。映像どおりなら、正面から撃つだけでは難しそうです」
リオは、画面を見上げて笑った。
「戦車に人間の上半身がくっついてるみたいだな。あれ、足がなくても走れるのか」
「履帯だろ」
俺はそう返した。
「じゃあ、走るっていうより転がるのか」
いつもなら、誰かが笑うところだった。だが、その時は二、三人が口元を緩めただけだった。リオもそれに気づいたらしく、笑いを引っ込めた。
俺はレンナとイリヤを挟んで、食堂のテーブルに座っていた。ネッサも同じテーブルにいる。誰も広告の話を続けなかった。ルーキーたちの声だけが、食堂に明るく響いていた。
実演販売の数日前から、参加者は順次拘束される。
誰が選ばれるのか選考基準は、正式には公表されない。噂では、年齢や健康状態、これまでの撃墜数、戦闘意欲などを総合評価し、興行で盛り上げにくく、今後も役に立ちそうにない人間から選ばれるという。
選出者の顔ぶれを見ると、あながち嘘ではない気がした。
該当した人間は、部屋に閉じこもったり、倉庫や整備区画の奥に隠れたりする。運営は警備ロボットや運営部隊を出して、そいつらを捜し出す。
実演販売前の要塞では、そんな鬼ごっこがよく起きる。
拘束を避けようとする者が通路を走り、警備ロボットが後を追う。見つかった人間は、腕をつかまれ、抵抗すれば何体ものロボットに床へ押さえ込まれる。周囲にいる戦闘員たちは、見て見ぬふりをした。止めれば、次に連れていかれるのが自分かもしれない。
ルーキーたちも、その光景を目にした。
数日前まで広告の性能に期待していたマルクは、もう笑っていなかった。ジョリも何も言わず、拘束された人間が運ばれていくのを見送る。ペトルは、連れていかれた者の名前を端末に控えていた。何かに使うためなのか、ただ忘れないためなのかは聞かなかった。
リオは、いつもの調子で何か言おうとした。だが、警備ロボットに両腕を押さえられた男が通路の角を曲がるのを見て、口を閉じた。
捕まった者がどんな扱いを受けるかは、誰も説明しなかった。説明などいらなかった。
実演販売の当日、居住区には普段どおりの生活が戻っていた。
食堂は開き、整備区画には工具の音が響き、訓練区画では機体が動いていた。壁面モニターだけが、決められた時刻になると実演販売の配信へ切り替わる。
見たくなくても、俺たちは見なければならなかった。いつ、このアンドロイドが敵として俺たちの前に現れるか分からない。武器や装甲、動き方の情報を先に知っておくのは、生き延びるために必要だった。
今回の舞台は、市街地戦だった。
要塞内に組まれた演習区画には、平屋の建物が並んでいる。大きな建物でも二階建てまでだ。窓の奥には家具や瓦礫が置かれ、路地には放置車両に似せた障害物が並べられていた。地上の街を模したセットだが、天井も壁も金属の施設だった。
参加者たちは、テロリスト役として武装し、あらかじめ街の中へ潜伏している。そこへP12QAが侵攻し、全員を殲滅する。それが今回の実演の筋書きらしい。
配信の画面に、参加者の名前と位置が順番に表示された。
そのうちの一人、サミル・ダーンは、建物の二階から道路を見下ろしていた。手にはサブマシンガン。彼は窓から身を出さず、機体が通り過ぎるのを待っていた。
P12QAが路地に入る。
サミルはその背中を狙って発砲した。弾丸が装甲を叩く。火花が散ったが、機体は止まらなかった。P12QAは履帯を軋ませて振り返り、腕のマシンガンを向けた。
短い連射が窓を砕く。壁の向こうまで弾が抜け、サミルの姿が画面から消えた。
「有効射撃を確認! しかし装甲は健在! P12QA、優れた防御性能を披露しています!」
司会者の声が、明るく響いた。
別の参加者は、路上に置かれた車両の陰からロケットランチャーを撃った。弾頭は機体へ向かって飛ぶ。P12QAの肩からフレアが放たれ、熱源を追うミサイルの軌道がずれた。建物の脇で爆発が起き、壁が崩れる。
参加者はその爆風に巻き込まれ、倒れたまま動かなくなった。
「フレアシステムが脅威を逸らしました! 今ならP12QA、標準装備に加えて換装武装もセットで――」
アナウンスは、爆発音のあとも商品説明を続けていた。
別の建物の二階に潜んでいた参加者は、窓の下へ伏せていた。P12QAは建物を見上げ、肩のユニットを作動させる。小型ホーミングミサイルが放たれ、窓から漏れる熱を追うように軌道を変えた。
爆発で二階の壁が吹き飛ぶ。
天井板と瓦礫が道路へ降り注ぎ、画面の中の建物は片側から崩れた。参加者の姿は、粉塵の向こうへ消えた。
サブマシンガンの弾は装甲を貫けず、ロケット弾はフレアで逸らされる。建物に隠れても、熱感知で見つけられる。壁は対戦車ライフルと12.7ミリ弾の前では紙のように抜かれ、遮蔽物として役に立たなかった。
画面には、参加者が次々と倒れていく様子が映った。逃げる者。武器を捨てる者。最後まで撃ち続ける者。どの反応も、P12QAを止めることはできなかった。
アナウンスは機体を褒め続けた。
「建物内の標的も確認! P12QA、死角を作りません!」
「対人装備の有効性を実証!」
「今なら武装換装パッケージも選べます!」
映像の中で人が死ぬたび、商品説明が挟まる。画面の右端には価格と注文用の表示が出ていた。
最後の参加者は、路地の奥で武器を構えていた。片腕から血を流し、足を引きずっている。P12QAが正面から迫っても、彼は退かなかった。
弾を撃ち尽くすまで射撃を続けた。弾が切れた後も、銃を投げつけ、足元に転がる鉄片を拾って立ち向かった。
P12QAは止まらなかった。
マシンガンの銃口が持ち上がる。短い連射。参加者は路地の壁に叩きつけられ、そのまま崩れた。
「全標的の制圧を確認! P12QA、期待どおりの性能を発揮しました!」
画面には、無傷に近い機体が立っていた。足元には、動かなくなった人間たちが散らばっている。照明が機体を照らし、カメラはゆっくりと全身を映した。
「人々の安全を守る、対人用陸戦型アンドロイド。P12QA。ご注文は――」
配信が終わるまで、商品の案内は続いた。
食堂では、誰も箸を動かしていなかった。
ルーキーたちは、画面を見つめたまま固まっていた。マルクは何か言いかけて、口を閉じた。ジョリは視線を落とし、ペトルは端末を握ったまま画面を見ている。
リオは、いつもの軽口を探すように一度だけ口を開いた。けれど、言葉は出てこなかった。
やがて、彼は画面を見たまま小さく呟いた。
「……あれと戦うのか」
誰も、それを笑わなかった。
ベテランたちは平静を装っていた。俺もそうした。顔に出しても、映像は消えない。次にあれが配備された時、怯えている顔を見せるわけにもいかなかった。
隣で、レンナが俺の腕を掴んでいた。彼女は画面を見たまま、指に力を込めている。
実演販売が終わった後、ルーキーたちは訓練区画へ向かった。
「あんなものに参加したくありません」
ジョリが言った。
「参加したくないだけじゃ、向こうは止まらない」
俺はそう返した。
彼らは返事をせず、シミュレーターの列に並び始めた。訓練記録を開き、さっきの映像を思い出しながら、遮蔽物の使い方や接近された時の動きを何度も試す。
ペトルは、訓練の合間にP12QAの映像を見返し、攻撃が始まる前の動きを確かめていた。マルクはシミュレーターを降りると、失敗した箇所を確認して、もう一度列に戻った。リオも、さっきまでの軽口をしまい込み、真剣な顔で訓練に加わった。
運営の思う通りに動かされている。それは腹立たしかった。
それでも、自分や部下を、あんな場所へ送り出すわけにはいかない。
俺たちは訓練に熱を入れた。二週間の休暇は、後半になるほど訓練の時間で埋まっていった。ロッカーに酒瓶を置いたまま、シミュレーターへ戻る者もいた。
休暇の終わりが近づく頃には、最初に浮かれていたルーキーたちも、休みの話をしなくなっていた。彼らは出撃表を見て、機体の状態を確かめ、次の訓練に備えた。
P12QAの広告は、その間も要塞のあちこちで流れ続けていた。




