【第7話 第2弾【経済封鎖ざまぁ】――『立秋』の冷徹な宣告】
【第7話 第2弾【経済封鎖ざまぁ】――『立秋』の冷徹な宣告】
帝都は、もう腐臭の街だった。
市場には空の木箱だけが積まれ、通りには痩せ細った民衆が座り込んでいる。パン屋の前では昨日から列が消えない。
いや。
並ぶ意味すら、もうなかった。
「本日の配給は終了だ!!」
兵士の怒鳴り声と同時に、絶望の悲鳴が広がる。
「待ってくれ!」
「子供がいるんだ!」
「お願いだ、少しだけでも……!」
泣き叫ぶ女の腕の中で、幼い子供がぐったりしていた。
乾いた咳。
落ち窪んだ目。
飢え。
帝国は、確実に壊れ始めていた。
一方、皇宮では怒号が響いていた。
「まだ返事は来ないのか!?」
アルベルト皇太子が机を叩く。
その目には、以前の余裕など欠片もなかった。
髪は乱れ、頬は痩け、豪奢な衣服すら今は虚しい。
側近が青ざめながら頭を下げる。
「こ、コヨミ卿からの返答は未だ……」
「だから何故だ!!」
ガシャアン!!
酒瓶が壁に叩きつけられる。
「同じ帝国の民だぞ!? 食糧を融通するのは当然だろうが!!」
だが誰も返事をしない。
部屋には重苦しい沈黙だけが落ちていた。
皆、知っている。
コヨミはもう帝国側ではない。
そして今、帝国を生かすも殺すも、あの男次第なのだと。
「……エレナ」
アルベルトは振り返る。
「お前の魔法で何とかならんのか」
窓際に立つエレナは、びくりと肩を震わせた。
「む、無理よ……」
声が掠れている。
「もう何度やっても駄目なの……!」
彼女の指先には火傷の跡が残っていた。
暖めようとしても寒波が来る。
冷やそうとすれば熱波が来る。
季節そのものが暴走していた。
「なんでよ……」
エレナは震える。
「なんで言うこと聞かないのよ……!」
窓の外では、真夏のはずなのに雪が降っていた。
その時だった。
「ご報告です」
ギルド使者が入室する。
全員が息を呑んだ。
「返事か!?」
「……はい」
使者は静かに羊皮紙を差し出した。
アルベルトは奪うように封を破る。
そこに書かれていた文字を見た瞬間、彼の顔色が変わった。
「な……」
震える声が漏れる。
「『帝国全土との経済的・生存的絶縁を宣言する』……だと?」
空気が凍った。
「馬鹿な……!」
「食糧供給、全面停止……!?」
「そんなことをしたら帝国は……!」
役人たちが青ざめる。
アルベルトは羊皮紙を握り潰した。
「ふざけるな!!」
怒号が響く。
「コヨミごときが!! 帝国を拒絶するだと!?」
その時だった。
ふ、と風が止まる。
窓のカーテンが静止した。
空気が変わる。
「……?」
全員が顔を上げた。
嫌な静けさだった。
まるで世界が息を止めたような。
そして。
遠く。
鐘の音みたいに、コヨミの声が響いた。
「処暑まで、あと十二日」
その瞬間だった。
ゴォォォォッ!!
帝都を吹いていた暖風が、一斉に反転した。
「なっ!?」
窓ガラスが凍る。
冷気だった。
北から、死ぬほど冷たい風が吹き込んでくる。
真冬の風。
骨まで凍るような空気。
「さ、寒っ……!」
役人たちが悲鳴を上げる。
暖炉の火が消えた。
インクが凍る。
酒瓶に霜が張る。
エレナは震えながら窓を見る。
「う、嘘……」
空が変わっていた。
黒い。
重たい雲が、帝都全域を覆っていく。
そして同時に。
「ほ、報告!!」
兵士が転がり込む。
「北部街道、全面凍結!!」
「なに!?」
「馬車が進めません!! さらに西部交易路に暴風雪発生! 港湾部では海流異常で船が出せません!!」
「馬鹿な……!」
「物流が……完全停止しています!!」
絶望だった。
道が死んでいる。
風が拒絶している。
まるで世界そのものが、帝国を切り捨てたように。
一方その頃。
枯れ谷では、暖かな風が吹いていた。
「主様ー!」
春蕾が笑いながら駆け寄る。
「お米炊けたよ!」
「主、魚焼けた!」
啓蟄が得意げに串焼きを掲げる。
香ばしい匂い。
炊き立ての白米。
温かな湯気。
食卓には笑い声が溢れていた。
難民だった人々も、今では穏やかな顔をしている。
「こんな美味い飯……初めてだ」
「助かった……本当に……」
子供たちが夢中で米を頬張る。
夏至は得意げに胸を張った。
「でしょー!? 太陽いっぱい当てたから!」
その中心で、コヨミは静かに帳簿を見ていた。
さらさら、と羽根ペンが走る。
『帝国物流』
『完全停止』
『市場機能――崩壊段階』
そして彼は空を見上げる。
風向きが変わった。
世界は正しく動いている。
季節はもう、帝国を見捨てていた。
その時。
背後で霜降が小さく呟く。
「不純物の切り離し、完了しました」
コヨミは静かに頷いた。
「ご苦労」
霜降は嬉しそうに目を細める。
冷たい少女の顔に、ほんの少しだけ熱が灯った。
一方、帝都では。
吹雪の中。
アルベルトが崩れるように膝をついていた。
「なぜだ……」
唇が震える。
「私は皇太子だぞ……!」
だが答える者はいない。
吹き荒れる北風だけが、冷たく帝都を削っていた。
そして遥か枯れ谷では、コヨミが静かに呟く。
「帝国崩壊まで、あと八十九日」




