【第8話 第3弾【自然災害ざまぁ】――『立冬』、民衆への慈悲】
【第8話 第3弾【自然災害ざまぁ】――『立冬』、民衆への慈悲】
雪だった。
空が割れたみたいに、白い雪が帝都へ降り注いでいる。
だが普通の雪ではない。
痛いほど冷たい。
肌へ触れた瞬間、感覚が消える。
風が吹くたび、肺が裂けそうだった。
「さ、寒い……!」
「火だ! 火を持ってこい!!」
「薪がもう無いんだよ!!」
帝都は地獄だった。
石畳には凍死体が転がり、パン屋は略奪され、路地では食べ物を巡って殺し合いが起きている。
泣き声。
怒号。
そして風。
ゴォォォォ……と唸る北風だけが、街を無慈悲に削っていた。
皇宮ですら例外ではない。
豪奢だった大広間は冷え切り、暖炉はとうに消えていた。
「エレナ!!」
アルベルト皇太子が叫ぶ。
「なんとかしろ!!」
床に膝をついたエレナは、震える指で魔法陣を描いていた。
「や、やってるわよ……!」
顔色は真っ青だった。
唇は紫色に変わり、指先には霜が張りついている。
「《陽炎の祝福》……!」
赤い魔力光が広がる。
一瞬だけ、部屋が暖まった。
だが。
パキン。
嫌な音が響く。
「……え?」
魔法陣が凍った。
次の瞬間。
バリンッ!!
氷みたいに砕け散る。
「きゃああっ!!」
エレナが悲鳴を上げた。
冷気だった。
魔法そのものが凍りついている。
「な、なんで……!」
震える声。
「どうして効かないのよぉ!!」
アルベルトが顔を歪める。
「役立たずが!!」
「っ……!」
エレナの瞳に涙が滲む。
「だ、だって……!」
分からない。
本当に分からないのだ。
暖めても、世界が拒絶する。
季節そのものが、自分を否定している。
その時だった。
ドンッ!!
皇宮の扉が乱暴に開かれる。
「ほ、報告!!」
兵士が転がり込んできた。
「南区画で暴動発生!! 食糧庫が襲撃されました!!」
「またか!」
「さらに西門が破られ、民衆が外へ逃亡しています!!」
「逃亡?」
アルベルトが眉をひそめる。
「どこへ逃げるというのだ」
兵士は恐怖に引きつった顔で答えた。
「……枯れ谷です」
沈黙。
吹雪の音だけが響く。
「ば、馬鹿な……」
「皆、“あそこだけ暖かい”と……」
アルベルトの顔が歪む。
その瞬間だった。
遠くで鐘が鳴った。
ゴォォォォン……。
低く、重たい音。
同時に。
帝都全体の気温が、さらに下がった。
「う、うわぁぁぁっ!!」
窓ガラスが凍り砕ける。
兵士たちが悲鳴を上げる。
空気が白い。
吐いた息が一瞬で氷になる。
立冬。
冬の始まり。
だが本来なら、まだ秋のはずだった。
季節が飛んだ。
世界そのものが帝国を切り捨てている。
一方その頃。
枯れ谷では、暖かな湯気が立ち上っていた。
「次の人ー!」
啓蟄が大鍋を抱えて走り回る。
「熱いから気をつけろよー!」
春蕾は子供たちへ毛布を巻きつけていた。
「寒かったねぇ……もう大丈夫だからね」
泣いていた少女が、ぐす、と鼻をすすった。
「……あったかい」
「えへへ!」
春蕾が嬉しそうに笑う。
枯れ谷の境界線には、何万人もの難民が集まっていた。
農民。
兵士。
商人。
貴族ですらいる。
皆、凍え、痩せ、死にかけていた。
だが谷へ一歩入った瞬間、空気が変わる。
暖かい。
春みたいな風が吹いている。
雪がない。
湯気の立つスープの匂いがする。
「なんだ……ここ……」
「天国か……?」
老人が涙を流す。
すると。
す、と人々が道を開けた。
コヨミ・スメラギが歩いてくる。
黒い外套。
片手には帳簿。
その後ろには、季節の神々。
冬至は静かな微笑みを浮かべながら、凍えた赤子を抱いていた。
「よく頑張りましたね」
彼女が優しく撫でると、赤子の頬に血色が戻る。
その光景を見た瞬間。
誰かが膝をついた。
「た、助けてください……」
続けて、次々と人々が頭を下げる。
「お願いします……!」
「子供だけでも……!」
「もう帝国じゃ生きられない……!」
コヨミは静かに彼らを見つめた。
怒号もない。
侮蔑もない。
ただ冷静な目。
そして彼は口を開く。
「自然の理を受け入れよ」
風が吹く。
暖かな風。
「我らの暦に従う者は、全て我が領民だ」
ざわり、と空気が揺れた。
「……領民」
「助けて、くれるのか……?」
「はい」
コヨミは淡々と言う。
「季節を舐めず、周期を守り、自然へ敬意を払うならば、食糧も住処も与えます」
老人が泣き崩れた。
「ありが、とう……ございます……!」
兵士ですら嗚咽を漏らす。
帝国は見捨てた。
だがコヨミは違った。
その時。
冬至がそっとコヨミの肩へ寄り添う。
「主様」
「なんだ」
「皆、安心しています」
コヨミは周囲を見る。
スープを飲む子供たち。
泣きながら毛布へくるまる母親。
疲れ切った兵士たち。
そこにはもう、帝国への忠誠はなかった。
あるのは、生きたいという願いだけだ。
その時だった。
遠く。
帝都の方向で、黒い吹雪がさらに荒れ狂う。
ゴォォォォッ!!
空そのものが唸っているみたいだった。
冬至が静かに目を細める。
「……もう戻れませんね」
「ああ」
コヨミは帳簿を開く。
さらさら、と数字を書き込む。
『帝国』
『統治機能――崩壊』
『民衆流出――限界突破』
そして羽根ペンが止まった。
「帝国崩壊まで、あと六十日」
その言葉と同時に。
枯れ谷へ、暖かな雪が降り始めた。
冷たくない。
柔らかな、春を告げる雪だった。




