親子ごっこ
授業が終わると、すぐに『砦攻略戦』について聞きたくなり、ついついAZITOへ。
今日は二十時から『倭国争乱・大合戦視聴会』をやるらしい。
階段の下には、立て看板が設置されていた。
階段を上り、自動ドアのプッシュボタンを押した途端……不穏な雰囲気が流れてきた。
元凶は……カノンさん。
「なんなんですの、あの男! 言いたい放題言ってくれましたわ……」
前のめりのカノンさんと、エビ反りの店長。
「お、おお……いらっしゃい……」
いつもの調子はどこいった? 店長、完全にお手上げの状態だった。
あれだけのテンションでまくし立てられれば、近くにいるだけで嫌でも話が耳に入ってくる。
どうも、あの男――海江田がメイドインヘヴンにお客として入ったらしい。
口にしていたのは、AZITOの店長から受けた冷たい仕打ちや、五十万出してもソフトを売ってくれない邑人への文句。
――やっと原始人から文化が上がった程度で調子に乗るな!
――あいつらは何か知っている。いまだに全国で七例しかないスキル覚醒が、同じ店で二つも重なるなんてあり得ない!
――今度の『砦攻略戦』に来たら、ボッコボコにしてやる!
ほとんど注文もせず、喚くだけ喚いて帰ったらしい。
そして、メイドインヘヴンのレビューに星一つを付けたって……。
カノンさんが怒るのも、もっともだ。
「あの~。『砦攻略戦』って何ですか?」
二人に話しかけて、少しだけ話の方向をずらす。だが、二人の視線がこちらを向くことはなかった。
先に来て遊んでいた直くんが、こちらに向かって手を振った。
「そっちは危ないから、僕が説明するよ!」
「そっちは危ない」と小学生にまで言われ、さすがのカノンさんも少し我に返ったようだ。
「コーラ、いただけるかしら?」
カウンターに座ると、短いスカートから伸びた白い脚を組み、肘をついたまま不機嫌そうに何やら考えている。
普通に座っていると、ホントにキレイなんだけどな……。
残念そうな僕の視線に気付いたのか、キッと睨んだあと、店長と話し始めた。
僕は、直くんの席へと避難した。
『砦攻略戦』とは――百人規模の邑が『砦』を構え、そこを三つの邑が攻める戦いだ。
砦を守るのは十部隊。攻める側は三つの邑から十部隊ずつ、合計三十部隊が攻め上がる。
数だけ聞けば、攻める側が圧倒的だ。だが、砦の壁へたどり着くまでに矢が飛んでくる。壁を登れば投石を浴び、ほとんどの兵が壁際で倒れていく。
実質、守備側の勝率は八割を超えているそうだ。
AZITOは、文化もまだ〈原始〉から〈黎明〉へ上がったばかり。今回の砦攻略戦では、丸裸同然で攻め込むことになる。
「――実質、勝ち目はないね。ゼロだよ、ゼロ」
直くんが冷静な分析を聞かせてくれた。
「邑をちゃんと発展させるのも強さの秘訣か~。AZITOは常に人員不足って、店長が言ってたしな」
僕らが学校や仕事に行っている間も、店長が邑人の仕事を割り当てている。
NPCに〈邑長におまかせ〉と指示を出し、ログアウトしている間もこき使っているようだ。
農業、伐採。そして今、AZITO邑は建築ラッシュに入っている。
絶対的に人手が足りないせいか、最近の店長は疲れ気味に見えた。
「ただいま~。あれ? カノンさん、いらっしゃい」
東野さんが入ってきた。今、カノンさんのことをちゃんと「カノンさん」って言ってたね……。
「おう、おかえり」
いつもの親子の会話が聞こえてくる。
「パパ、今日は二十時からのイベントには参加できないよ。一人で大丈夫?」
「見るだけだ。そんな大したことじゃない」
店長はこぶしを軽く上げ、大丈夫だとアピールする。
そんな二人をカウンターから眺めていたカノンさんが、ふと不思議そうに尋ねた。
「あなた達、いつまで親子ごっこを続けているの?」
……ん? 親子ごっこ?
僕の胸に、大きな杭が突き刺さったような感覚がした。
店長は何ら悪びれる様子もなく、軽く答えた。
「ま、防犯の一つだな」
……じゃあ、どうして東野さんは店長を「パパ」と呼んでいるんだ?
気付けば、僕はカウンターへ足早に近づいていた。
「東野さんと店長って親子じゃなかったの?」
気付いた時には、すでに言葉が口から飛び出していた。
東野さんはキョトンとして、
「がっくん、知らなかったの? 私のお父さん、もういないよ。天国まで行っちゃった……」
明るく言ってはいるものの、どこかいつもと違っていた。
その言葉を聞いて、自分の問いかけの重さに今更ながら気付き、後悔した。
「何か……ごめん」
「そんなの、いいよ……いいよ~!」
両手を前に出し、思いっきり振る東野さん。
そして、バックヤードの奥を指さした。
「私のお父さん、いつもあそこにいるから」
お店のレイアウトを手伝った時に見た、あの額縁。
僕は、その中で照れくさそうに笑う男の人を思い出した。
「店長! 裏に入って、もう一回見せてもらってもいいですか?」
僕の表情が、それほど真剣だったのだろう。
「お、おう」とだけ返事が返ってきた。




