パパと娘
……倉庫の奥に飾ってる写真が、本物の『パパ』なのか?
記憶では、殺風景な倉庫に飾られていた写真はそれ一枚だけだった。
受付の脇を抜ける僕を、真剣さに圧された『親子』の二人が見守っていた。
勢いとは裏腹に、今度は倉庫の扉をそっと押し開け、一歩一歩、額縁のあった場所へと向かう。
(そうか、やっぱり目つきがそっくりだもんな……)
見た目はそのまま『コック長』といったところだった。
パチン!
薄暗かった倉庫に、明かりが灯る。
スイッチを入れたのは東野さんだった。
「あのね、昔はパパのことを『ゲームのおじちゃん』って呼んでたの」
昔を懐かしむような目で、東野さんが話し出した。
「去年の今頃まで、ここはお父さんの喫茶店だったのよ。オムライスが評判の小さなお店」
近くに住んでいたけど、あまりこの辺りには来なかったので、正直知らなかった。
「突然、入院したかと思ったら、いなくなっちゃって……」
東野さんは、何かから身を守るように自分の腕を抱いた。
「大事な人がいなくなると、ぽっかり穴が空くって言うじゃない? お父さんがいなくなったと思ったら、今度はお店まで無くなってしまう。自分から、家族も思い出も全部、引きはがされていくような感じだった……。あの時の怖さ、今でも忘れられない……」
東野さんの組んだ腕に、少しずつ力がこもっていく。
僕はそんな体験をしたことがない……。気休めの言葉すら出てこない。
「お店の機材や家具が運び出された時は、私も空っぽになった感じだったの……。そんな時、『ゲームのおじちゃん』が現れて」
そこでようやく、東野さんの腕がほどけた。
「『何とかしてやるから、ちょっと待っとけ!』って言ってくれて……」
「それで?」
「初めは、気休めで言ってくれたのかな? って思ってたの。そしたら二週間後には、不動産の人と中で打ち合わせしてる『ゲームのおじちゃん』がいたのよ。びっくりして直接聞いたら、『俺は東野みたいに上手に飯は作れねぇからな。俺の夢をここに作ることにした』だって」
さっきまでとは違い、今度はまくしたてるように熱く語る東野さん。
店長の声真似も、妙にうまい……。
「おい! あんまり俺を善人扱いすんなよ!」
店長が話に割って入る。
「たまきはな、自分ばっかりが助けてもらった~とか言いやがるが、お互い様だって言ってるだろうが」
半分おどけて、半分説教。
THE・店長だった。
「だって……」
「だってじゃない! はい、この話はここでおしまい!」
店長はさっさと、お客さんの待つ店の中へ戻っていく。
「私の居場所を取り戻してくれて、それでお店の開店準備を手伝ってたら、いつの間にか『パパ』って呼んでたのよ」
だから、本物の親子に見えたんだ……。
僕は父さんと、ここまで深い絆を結べているだろうか。
そんな心配までしてしまうほど、二人の縁は深かった。
心なしか、額縁の中の笑顔まで安心したように見える。
「それって、奇跡に近いね」
考えていたことが、つい口から出た。
「でしょ? あの時の『パパ』はカッコよかったんだから!」
東野さんが、ちょっとだけ目をキラキラさせながら僕に前のめりになる。
「で、今は?」
冗談で返すと、
「それなり……」
ちょっとしょんぼりと答える東野さんも可愛かった。
「ありがとう。いい話聞けたよ……あ、なんかごめん」
二人同時に苦笑い。
少しだけ、カッコいい店長に近づきたい……と考えてしまった。
カウンターに戻ると、カノンさんが少しだけしんみりしていた。
飲み終えたコーラのグラスに残った氷を、ストローでグルグルと回している。
「カノンさん、気にしないでください。親子でもない人に『パパ』って呼ぶのは、やっぱり違和感ありますよね?」
東野さんの表情も、また少し曇る。
「ごめんなさいね。少し配慮が足りませんでしたわ……」
カノンさんも素直に謝った。
そして二人は和解したようだ。
……元々、喧嘩していたわけじゃないしね。
「あと二時間ちょっとで放映が始まるぞ。今回は五百vs五百だったよな。いいよな~、大きい邑は」
店長はかなり『大合戦』に興味があるらしく、最近は、
「俺なら槍一本で全力前進だな」
「モブの米俵、もう何個かあったよな? あれ着て出るか?」
などと、祭りにでも参加するようなノリで楽しんでいる。
いつになったら、小さい邑にもチャンスが来るのかな?
カウンターでは、さっきまでいい雰囲気だったはずの東野さんとカノンさんが、『衣装』のことで揉め始めていた。
「あいつら、いっつも衣装のことばかり。ちょっとは資源掘って来いってもんだ」
僕の横に立った店長が、半ば諦め気味にぼやく。
「姉妹げんかみたいですね……」
言ってはいけない言葉を吐いてしまったらしい。
揉めていた二人の鋭い視線が、同時に僕を刺した。
「あは、あはは……。て、店長、僕は帰って視聴します」
そそくさと帰る準備をしながら、大事なことを思い出す。
「それと店長、僕もここでバイトさせてもらえませんか? 週一か二で」
店長は少し考えてから、
「いいタイミングだが……ちょっと保留だ。来週までには返事出す」
と答えた。
今回、僕なりに考えた。
カッコよくなるには、ここで働けば何かを得られるかもしれない。
返事は保留だったけど、断られなかったことにホッとした僕は、AZITOを出て、階段を一足飛びに駆け下りていった。




