勧誘
AZITOを出て、階段を下りていく。五月半ばの空は、まだ明るい。
大通りには、部活帰りの学生や、これから晩ご飯を作るのだろう、エコバッグを提げた女の人が行き交っている。
階段を下りて、最初に目に入ったのは先週のあの男だった。
(海江田…だったっけ?)
その男は僕と目を合わせると、
「西野君、お久しぶり。どうだい? 改めて聞くけど、《応人の盾》のスキル持ち、売ってくれる気になったかい?」
いきなり先週の話の続きを始めた。
「売る気はないですよ。さようなら」
無表情で抑揚のない返事。失礼な相手には興味がない。
「今日は合戦には出ていなかったんですね?」
……一瞬、ドキッとした。
何で知っている? そもそも店の中にはいなかっただろう?
内心、穏やかではいられなくなった。
「どうですか? 売っていただけないのであれば、私の邑でレギュラーとして活躍していただきたいのですが……」
両手を広げ、ウェルカムの仕草を取っている。だが、いつも店長を見ている僕には、小物にしか見えない。
「店長たちと遊んでいる方が何倍も楽しいですよ」
目の前の男と遊ぶなんて、絶対に嫌だ。
少し言い過ぎたかとも思ったが、そもそもこの男が仕掛けた会話だ。
「いいのですか? せっかく手に入れた貴重なスキルです。あなたが主力になれない理由がない!」
男は大げさに僕の《応人の盾》を持ち上げる。
(この前から欠点だらけだと指摘されているんだ。知りもしないで……)
やっぱり腹が立つ。
もし目の前の男が好印象だったら、心が揺れていたかもしれない。
スキルがあっても、活かしてもらって初めて戦えるんだ。
僕はそれ以上取り合わず、すたすたと歩きだした。
それでも男は、僕の隣に並んでついてくる。無視を続ける僕に、次第に苛立ちを見せ始めた。
――これ以上ついてきたらホントに困るんだけどな。
「これ以上付きまとうようでしたら、店長に相談します」
「……五十万出しましょう。今すぐ! 現金で」
必死になったのか、値段を釣り上げてきた。男は続ける。
「そのスキルがあれば、合戦でかなりの活躍ができますよ。AZITOでだって、レギュラーになれない理由がないでしょう」
積もっていた苛立ちが、ついに声になって飛び出した。
「スキルも、プレイスキルも、まだ皆には追いついてないんですよ! それでも僕は皆と並びたいんだ!」
『文句あるか!』って、顔に出ているな……きっと。
ついに諦めたのか、海江田は舌打ちを一つして去っていった。
――数時間後。
【倭国争乱】にログインすると、モブさんから妖怪退治に誘われた。
一反木綿を倒して、綿織物を集めようというのだ。
東野さんも参加していて、
「弓をうまく使わないと、ひらひら逃げられるよ」
とアドバイスをくれる。
「矢を回収できない位置に飛ばしちゃ駄目よ!」
と怒られながらも、楽しい時間を過ごしていると――スマホの着信音が鳴った。
店長からだった。
「おう、俺だ」
また始まった……店長って、電話をかけるたびに言ってるんだろうな。
相変わらずの調子に、内心ほっとする。
「どうしました?」
「いやな、西野君のところに、あの海江田ってやつ来なかったか?」
店長のところにも、もう話が届いていたんだ。
「あいつ、俺のところに来て、『何でネームドがそんなに重なるんだ』って聞いてきやがった。俺も聞きてぇよ!」
「西野君が全然話を聞いてくれないって、俺に言ってどうするよ!」
店長は笑いながら、立て続けに愚痴をこぼす。
「来週の『砦攻略戦』、奴が砦側に立つから、『どうぞ攻めてきてください』ってよ」
「砦攻略戦? 合戦じゃないんですか?」
店長に聞くと、どうやら次は三か月に一度の『砦攻略戦』らしい。
詳細は分からないが、一つの邑から十部隊を出せるようだ。
十人なら、僕も参加できそうだ。
スマホを持ったまま、僕は喜びをこらえるのに必死だった。
「今、東野さんとモブさんと遊んでいるので、詳しいことは二人に聞いておきます」
そう告げると、
「すまんかったな。売りたい相手がいるなら、遠慮せずに言ってこい」
そう言って、店長は電話を切った。
優しいんだか、ぶっきらぼうなんだか……。
だけど、嫌いじゃないんだよな~。
――翌日、AZITOの店内は、ちょっとした騒ぎになっていた。




