僕抜きの合戦
「始まってるよ!」
東野先生の声に我に返って、カウンター奥の大画面に目を移す。
榊さんのプレイ画面だ。
榊さんは森の中を全速力で駆け抜け、丘の頂まで一気に駆け上がる。その先、中央寄りにはカノンさんも走っていた。
敵軍側から丘へ上がる最短ルート。その途中にあった▼《伏兵ポイント》まで進み、カノンさんは身を伏せる。
敵軍はというと、森のどこから、何部隊で入るべきか迷っていたのか、行軍速度が極めて遅い。
やはりモブさんの戦果が大きかったのか、強い相手を前に腰が引けているようにも見えた。
相手が動く前に、こちらの前線はすでに戦場の半分を越えていた。
チナミちゃんは右側の森の中を進む。さらに右には、棍棒を持ったやんちゃな巫女さん。
チナミちゃんの背後に東野さんが控えている。
榊さんの部隊が丘の頂から様子を伺う。
どうやら一部隊がカノンさんの伏兵ポイント付近の森へと侵入してきた。
相手が《看破》のスキル持ちなら、すぐに発見される状況だ。しかし、大楯持ち一人、剣士三人、弓一人の部隊はカノンさんの横を素通りし、丘へと向かう。
「私の弓で注意を引きます。後は任せます。カノンさん」
そう言って、一本の矢を敵部隊めがけて放った。
当然、森の中。当たるはずもないが、正面からの矢の音に敵部隊は身構える。
その瞬間をカノンさんが見逃すはずもない……。
「ここまでされたら、失敗はできませんわね」
カノンさんの《連射》で放たれた矢が、相手プレイヤーの側面を正確に貫く。
一瞬遅れて僕の指先も動く。
大楯持ちが一人いたが、カノンさんへ大楯を向けるよりも早く、中央を進むプレイヤーへ矢が集中する。部隊はあっさりと動きを止めた。
「簡単でしてよ。矢はまだ半分以上ありますわ。私のNPCから矢を補充しておきますわ。見張り役、代わりましてよ」
榊さんが《同士討ち》を狙いに行くと公言していたからか、今度はカノンさんが榊さんの役目を引き受ける。
「まずは一つ、助かります」
相手の一部隊が壊滅したのを確認すると、榊さんは敵本陣へ視点を向ける。
丘のふもとで一部隊をほぼ瞬殺され、斥候戦でも散々な目に遭っている。当然のように、敵軍は丘側を避け、チナミちゃんの待つ森の方へとまとまって動き始めた。
どうやら本陣で待ち構える気はないようだ。
「トモさん、森を抜けて相手に姿を見せた後、また森へと戻ってください」
そう声をかけながら、榊さんはチナミちゃんの位置へと移動する。
「森を抜けて……帰るね。相手に姿だけ見せろってことだな?」
カノンさんの画面には、小さく跳ねている巫女が映っている。
「トモの方には行きませんのね。可哀想に……」
顔は見えなくても分かる。カノンさんが怖い笑顔を浮かべていることぐらい。
「チナミ、そっちに向かったわ。四部隊、しっかり耐えなさい!チナミが受けたらトモはフォローに行くのよ」
「チナミちゃん、いつもより回復役が少ないけど、援護するわ」
東野さんもチナミちゃんに檄を飛ばす。
チナミちゃんは《大海亀の甲羅》を前面に掲げ、敵軍の到着を待っていた。
……ここで東野さんの位置に僕が立っていたら……。
そう思うと掌が熱くなる。
敵軍が見えた時点で《応人の盾》を発動して、榊さんが背後からやってくる。
トモさんも間に合うだろう。
だけど、この戦場に僕はいない。僕だけがいないんだ。
そう考えると、途端に視野が狭くなっていった。
「チナミちゃん!来たわ」
カウンターに座る女性陣から緊張が伝わる。
「た・え・る・わよ~!」
声に緊張感はないけど、本人は大真面目な顔をしている。
トモさんとカノンさんの間に座る、小さな大楯持ち。床に届かない脚を空回りさせていた。
「もう少しよ!」
「お待たせしました」
カノンさんと榊さんの声が重なる。途端に、チナミちゃんの目の前の敵四部隊から、統率という二文字が抜け落ちた。
「おおおおりゃ~!」
トモさんが《同士討ち》で混乱する敵部隊に殴り込む。敵プレイヤーを一人吹き飛ばしては、《落とし穴》へと放り込んだ。
「いやった!ホール、イン、ワ~ン!」
今日一番の攻撃がヒットして、お転婆巫女がさらに暴れている。
トモさんの周りにいるNPCは、全員が回復専門。混乱の中、回復の巫女も二人倒れたが、残った巫女は全力で部隊長の回復に努める。
東野さんも負けてはいない。《連射》は使えないが、遮蔽物の多い森の中でも、確実に相手部隊へ矢を命中させている。
「西野君、弓を使うときは止まっちゃだめよ。動きながらでもしっかり狙って!」
西野君、止まっちゃだめよ……。この言葉が、別の意味で僕を刺した。
迷っても、止まっちゃだめだよな。昨日だって、帰って斥候を手伝えただろ?
みんな、自分にできることをこなして、今の位置にいる。
……気づけば、正面の大型モニターには「WIN」の文字が浮かんでいる。
結局、味方プレイヤーは一人も脱落することなく、相手を全滅させていた。
僕がいなくても、この邑は十分強い。
そのことを、ようやく受け止められた。
あとは僕にできることを探して、実践するだけだ。
出口はまだ見えない。それでも、一歩だけ前へ進めそうな気がした。
「東野さん、ありがとう」
きょとんとする東野先生に、僕は礼を言う。
「たまきさん、オロヤクお願いします」
榊さんは、上々の戦果に気分がよさそうだ。
メイドの三人からも、どこかホッとした空気が伝わってくる。
「写真は撮るなよ!そこのお前!」
店長がいきなり、僕の後ろに座っていたお客さんへ鋭い声を飛ばす。
注意されたお客さんは、ペコペコと頭を下げながらスマホを隠した。
今のAZITOは悪目立ちしているからか、こんなお客さんがたまにいる。
せっかく気分がよかったのに……。帰ろうかな。帰って、まずはレベル上げだ。
皆さんに「勉強になりました」と告げた僕は、早くゲームをしたくて、AZITOを後にした。




