焦燥
「いらっしゃい。がっくん」
僕の顔を見て、何か察したのだろう。今日は少しおとなしいあいさつに終わる。
ぎこちない愛想笑いも可愛いから許される…
「うっす。今日は大人しく見学かい?あ~!棍棒Sで今日の相手を思いっきりぶん殴りてぇのによ!」
「…あっ。やべ」
勢いよく言い切ったかと思えば、腰を落とし、周りをキョロキョロと見回しながら口を塞ぐトモさん。
――AZITOの中では《応人の盾》について箝口令が敷かれている。これも僕のためらしい…
何で《般若》は良くて、僕の《応人の盾》はダメなのか。分かっているけど心が荒れる。
「はい、今日は先生が合戦の実演をするので、よ~く観察するように!」
久しぶりに先生役を頑張る東野さん。痛んだ心によく沁みる。
以前は皮の服をまとい、髪も振り乱したままだった。けれど今は、メイドインヘヴンの倉庫から移した『着色前の貫頭衣』を着て、勾玉の代わりに『黒曜石のネックレス』を首に下げ、髪には『木の櫛』を挿している。
衣装やアクセサリーで、こんなにも見た目が変わるんだな…。防御力はほとんどないが、もう原始人には戻れないだろう。
先ほどメイドの三人と笑顔を交わしていたのも、きっとこの装いのおかげだろう。
「チナミ!いい加減、正装して戻ってらっしゃい。」
チナミちゃんだけは、昨日とは違う『痛い』プリントTシャツを着ていたんだけど…
正装って……今、カノンさんもトモさんも『巫女服』姿だ。
つまり、巫女服に着替えてこいということらしい。
「は~い。待っててね。」
チナミちゃんは女性陣に手を振り、一人、軽い足取りで三階へと上がっていった。
「戻ってきたら作戦を伝えるから、カウンター前に集まってください」
榊さんが集合をかけるが、モブさんは後ろの方で、コピー用紙に太いマジックで「ムリ!」とだけ書き、その場から動かない。
女性が多いからだろうか。元々前に出ない人なので、皆も仕方がないという顔で諦め、前を向き直す。
三階から駆け下りてくる足音が聞こえ、自動ドアが開く。
「お待たせ~!」
チナミちゃんは、巫女服を披露するように得意げなポーズを取る。
「では、今回の作戦ですが…」
チナミちゃんはガン無視されて少しだけ俯いたが、顔を上げたときには、いつもの笑顔に戻っていた。
「昨日、西野君とモブさんが斥候を終わらせてくれました」
やっと出た…僕の名前。
「特にモブさん。マップの残り半分を埋めただけでなく、時間ギリギリまで相手の斥候を討伐しています」
相手が送り出せる五人の斥候を、全て討ち取ったらしい。
これじゃ、僕の名前も霞むよな…
モブさんは後ろの方から、照れた熊さんのイラストをこちらに向ける。
その下には、こう書かれていた。
「西野君が半分埋めてたから楽だったよ」
お世辞だとしても、ちょっと嬉しかった。
「マップの左側は丘陵になっていて、落石ポイントがあります。マップを埋められなかった敵軍は、当然ここを通りません」
榊さんが、カウンター奥の大型モニターを使って説明している。
マップの右側へ来る敵兵を、落とし穴などへ誘導し、有利に戦うつもりらしい。
伏兵ポイントや足止め用のツタなど、細かな情報も伝えている。
ほとんどが森に覆われたマップなので、地形を把握しているこちらがとても有利に見えた。
ただ、僕がいつも座るカウンター席にはカノンさんがいる。四つある席は全て、今回の出陣メンバーが占めている。
カノンさんと東野さんの後ろで作戦を聞いてはいるが、一向に頭に入ってこない。
「トモさん、左翼で暴れてください。チナミさんの後方は、たまきさんが守ってください。カノンさんは急いでツタのある茂みの前まで進んで、動きづらくなった敵を狙ってください」
「おっしゃあ!久しぶりに棍棒を持って戦えるぜ!」
「トモ、巫女服に似合う行動を取りなさい…と言っても無駄ね。ただ、私も自由に動けるのはいいわね。矢が尽きたらチナミ、位置を入れ替わるわよ。」
榊さんが説明を続ける。
「高台に私がいます。矢が尽きたら私から矢を受け取ってください。その後、私は乱戦になっている場所で『同士討ち』を使います」
榊さんは、『同士討ち』を持っているキャラを四人、編成に組み込むようだ。
「できる限り、敵を落とし穴へ近づけるように誘導してください。今回は勝敗よりも連携を重視します」
皆、熱心に作戦を詰めている。
目の前の熱とは違う、どこにも向けられないやるせなさだけが、僕の中で渦巻いていた。
合戦開始を告げる太鼓の重低音が、店内に鳴り響いた。
それでも、僕の時間だけは止まったままだった。




