斥候見習い
合戦前日はまず『斥候』から始まる。合戦開始二十四時間前から六時間、マップの確認や準備ができる仕様だ。
合戦開始時間は今回、直くんが運動会のために不参加ということもあって、十八時開始で調整している。
今日も直くんは準備で忙しいらしく、来店はしていない。
「ちぇ……。今日も明日も直くんに会えねぇのかよ……」
大のお気に入りの直くんが来ないことで、ちょっと不機嫌そうなトモさん。
ジャージ姿を見ていると、いっそ実業団あたりからスカウトでも来るのでは? と思ってしまうほどに体幹が整っている。
そんなトモさんは最近、AZITOのメンバーに加わったことをいいことに、メイドのバイトに入る前は必ず顔を出していた。
もう一人……
「じゃ~ん!」
榊さんが休日に着てくる「ちょっと痛いTシャツ」。
全く同じものを、チナミちゃんが榊さんの前で披露している。
胸に映る可愛いアニメのキャラクターは、見事にチナミちゃんのその大きな胸で歪んでいて、
いっそ、そのキャラクターは苦しくて叫んでいるようにも見えた。
「えへへ……おそろ~い!」
チナミちゃんは嬉しそうだが、目の前の榊さんはメガネを押し上げて、俯き加減……。
二人がバイトのシフトに入る日の夕方は、途端に店内が華やかに見える。
直くんと榊さんへの迷惑行為を除いて……。
僕はというと、今から店長に『斥候』についてレクチャーを受けるところだった。
斥候に出ると【合戦】には出られない。
なので、店長のキャラを使って、僕は今から明日の合戦地に向かう。
「いいか。他のNPCは絶対に使うなよ。そのキャラで斥候に行け」
念には念を押す……そんな感じで店長が指示してきた。
ちょっとだけ、いつもと調子が違う。
「分かりました。マップは端から埋めていけばいいのですか?」
何せ初めてだから、分からないことははっきりと聞いておく。
この店は、どこか遠慮を好まない雰囲気がある。
これも店長のカラーだろう。
時間は、もうじき十八時を回ろうとしていた。
「斥候はな、それぞれ五人ずつ出せるんだが、大手の邑でもない限り、同時に五人出てくることはない」
PCに向かう僕の背後から、店長が画面を覗き込んで説明を始める。
今回はAZITOと同列の順位、一万を越えた順位の邑が相手だった。
少なくとも、大きい邑ではなさそうだ。
「いつもの鳥居をくぐると……ほら、『合戦地へ』って書いてあるだろ? ここから向かうんだ」
合戦地に入ると、そこは森の中だった。
この間のこともあって、森で一人というのは少し怖い。
「今入っても敵の斥候も自陣周辺にいるはずだ……。今は動物も妖怪も出ない。マップを探って……そう、地図を作る作業だな」
動物も妖怪も出ないという言葉に、少しほっとした。
地図を作るだけなら簡単だな。
僕は『斥候』という作業を安易に考えていた。
「油断はするなよ。相手も『斥候』を出せるんだ。葉っぱの揺れや物音に聞き耳を立てて歩け。油断は命取りだぞ」
そう言って、僕が倒された場合、それまでに得た情報は全部なくなるとも教えられた。
……何か、スパイ大作戦みたいな感じだな。
歩き出すと、真っ黒いマップにどんどん緑色が広がっていく。
ちょっとだけ気持ちいい感じだ。
森の草むらの上に「▼」のマークが浮いている。
「このマークを見つけると、マップに書き込まれるだろ? ここは伏兵のポイントだと教えてくれている。合戦に入ると表示は消える」
森の一番高いところにたどり着くと、またマークが付いていた。
「岩が置いてあるな。落石ができるぞ。高台だから、敵の斥候も見えるんじゃないか?」
敵の斥候と聞いて、僕はまず背後を見回す。
そして、ゆっくりと三百六十度見回した。
「び、びっくりするじゃないですか! 誰もいませんよ」
後ろから誰かが出てきたら、悲鳴を上げるところだ。
でも、本当に敵がいたらと思うと、コントローラーを強く握ってしまう。
……それにしても視界が悪い。
怖いから音を立てないように、スティックは軽く倒してゆっくり進む。
「左スティックを押し込むと、かがんで歩けるぞ。遅くはなるが、見つかりにくい」
僕のチキンっぷりに、店長は苦笑いしながらアドバイスをくれた。
かがむともっと遅くなるので、すぐにやめたが……。
森の中を、マップの右から左へと斥候していく。
端から端までの作業は五分以上かかる。
今度は左から右へ。
同じように視界を広げていく。
三往復もすると、自陣側の視界はほぼ埋めることができた。
すでに僕の手のひらは、手汗でびっしょりになっていた。
敵の斥候に倒されると、このマップがまた真っ黒になる。
時間が経つにつれて、緊張感が増していった。
「よし、西野君。ここに落とし穴でも作ろうか」
落とし穴や、縄などに音の出る物を付けて侵入を知らせる仕掛け『鳴子』などがある。
敵味方それぞれ二か所、罠を設置できる。
今回は森の小道の脇に、落とし穴を仕掛けることになった。
「これって、作業中に襲われたらどうなるんですか?」
画面をぐるぐる回しながら、店長に聞いた。
「まぁ……アウトだな」
半笑いで答えてはくれるが、今の僕にそれを言うのか?
罠を設置するのに一分かかる。
本当に一分かと思うほど、いたずらにゆっくりと時間が過ぎた。
「もう……罠を仕掛けるのも心臓に悪いですよ!」
静かに……。
敵に聞こえるはずもないのに、僕は小声で店長に抗議した。
「ガサッ……」
抗議もそこそこに、周囲を警戒する。
言葉一つ出ない。
「西野君。風で揺れる葉っぱの音と、人間が葉を揺らす音の区別ぐらいは付けような……」
腹を抱えて笑う店長が憎らしい。
「よし、半分分かったんだ。帰ってこい。これから編成会議をやるってよ」
画面には、左スティックを全開に倒してマップから逃走を図る僕がいた。




