初めての「森」
両親との約束を守るために、まずは学業を優先した。
帰って塾の課題と、次の予習をする。
これは直くんの行動を見ていて自分なりに解釈した方法だった。
そして、遊ぶ時は思いっきり集中する。
これもまた、AZITOで学んだこと。あの店に通いだして、何か調子いい。
「さて、今日もレベル上げやろうかな?」
イノシシではレベル上げの効率が悪くなってきた。かといって熊は…ムリ。
「あら?〈ace-joker〉って、西野君じゃなくって?」
いきなりボイスチャットが飛んできた。
「カノンさん、こんばんは!」
先週までライバルだったお姉さん。仲間になるとちょっとだけ、いつものトゲが丸くなっている。
「おう!こんばんは。直くんは元気か?」
……相変わらず、直くんしか眼中にないトモさん。
「直くんから元気取ったら何が残るんですか?」
トモさんに軽口を返したところで、何か足りないことに気づいた。
……そういえば、チナミさんがいない。
「チナミさんが見当たらないんですが、どうしたんですか?」
「あの子は今、別の狩りの準備で忙しくてよ」
「だな」
二人とも、含み笑いを堪えているような声だった。
「これからトモと森へ向かうところですの。あなたも一緒にいかが?」
画面にパーティー申請が表示された。
まさか、カノンさんから誘われるとは思わなかった。
「まだ森に行ったことがなくて……」
カノンさんが怪訝に聞いてきた。
「森に行ったことないって…あなたレベルはいったいいくつなの?」
ちょっと恥ずかしいが、正直に答えた。
「レベルは…二十三です。NPCは七十が一人、十五が一人」
答えた途端に今度はトモさんが反応する。
「そんなレベルで合戦に出てきたのかよ!棍棒持って殴りに行きゃよかったぜ!」
巫女服で棍棒って…少々お転婆な巫女さんじゃないかい?
「人数合わせ?それとも、あの光の柱は…噂は本当だったのね」
勢いのあるトモさんとは対照的に静かに答えてくるカノンさん。
何やら考え込んでいるようで、キャラクターも動かないままだ。
よく見ると二人とも、勝利報酬として新たに配布された巫女服を着ていた。
…負けたはずだよ、お姉さま方。
先週までの『上下紅白に色分けした貫頭衣』と違って、こちらは公式に配布された『巫女服』
上品さがまるで違うことは、敢えて言わないことにしておく。
「森に入ってすぐにそのスキル使ってくださいませんこと?」
パーティー招待のボタンを今更ながらクリックして、三人、三部隊で森に入っていく。
まず二人に、効果時間は六十秒、範囲は恐らく十メートル。そして効果中、僕は一切の行動ができないと伝えた。
「種が分かれば、なんてことのないスキルですわね」
ぐさりと胸に矢が突き刺さった気分になったが、この前散々榊さんに欠点を告げられた後だったのが幸いした。
「では、お願いいたしますわ」
「言い忘れてました…リキャストタイムは四百二十秒です」
言い終わらないうちにスキルを発動する。
「え?これは何?」
「うおおおお!棍棒ランクSじゃねぇか!俺…つえぇぇ!!」
トモさん…俺になってますよ。
同じ金色のアイコンを前にしても、二人の反応はまるで違った。
カノンさんは立ち止まったままだ。驚きの声だけが漏れている。
トモさんに至っては、棍棒を振りかざし、獲物を探して駆け出したものの、効果範囲から離れた途端、すごすごと帰ってきた。
六十秒の効果も切れ、光の柱が収まるとカノンさんが感想を告げる。
「とんでもないスキルね。欠点だらけだけど、使いどころを間違わなければ上位に食い込めるわ」
「さ、棍棒S使って殴りに行こうぜ!」
…僕は棍棒Sなんて持ってないよ?
「私の弓もSランクよ。連射でどれだけの威力が出るのか楽しみね」
オオカミや熊がどこに潜んでるとも分からない森の中へ平然と部隊を進めていく。
僕は二人の後を追っていくしかなかった。
――リキャストタイムが切れるまでに、二人はオオカミを三匹仕留めていた。
トモさんが棍棒で殴り、巫女NPCが傷を回復する。背後からカノンさんの部隊が援護。
…僕は必要なかった。
気付くと、右手の小道に光る草がある。取りに行こうにも先へ進めない。壁? 見えない壁があった。
「採集しようにも、この道、進めないんですけど」
そう言った途端、
「スキル発動して!」
カノンさんの指示が飛ぶ。勢いに負けてスキル発動させるとトモさんが壁に向かって棍棒を振りかざした。
併せて、カノンさんの部隊も弓の雨を見えない壁に打ち込んでいく。
何もない空間で矢が次々と止まり、壁の輪郭を浮かび上がらせた。
次の瞬間、僕の目の前で、ズドン! と大きな音がした。
「よかったな。正面じゃなくて。正面だったら今頃、ぺちゃんこだぜ! 棍棒Sでぶん殴るのは病みつきになるな」
トモさんは、道に散らばる矢を回収しながら話しかけてきた。
「『ぬりかべ』よ。森で見えない壁に当たったら気を付けることね。でも、こんなに早く落とせるなんて…」
ぬりかべって……妖怪が出るとは聞いてたけど、ますます森へは一人じゃ入れないことが分かる。
「こいつ倒しても『壁土』しか手に入らねぇんだよな…」
トモさんは矢の回収を終えると、カノンさんへ渡していた。
「今、AZITO邑は建築ラッシュだから…西野君、あなた持ってなさいな」
戦闘で出番のない僕は二人の『荷物持ち』になっていた…
「帰るわよ。これ以上進んだら、帰り道まで矢が持たないわ」
三部隊揃って、森の入口へ引き返した。
「あ~あ。もうちょいぶん殴りたかったな…」
隣の巫女さんは終始物騒な言葉を並び立てている。
もうすぐ森の入口に着くと思った頃、周囲にうっすらと霧が浮かんできた。
「来たな」
トモさんの言葉がどこか重なっている。
「来たようね……」「来たようね……」
今度は、言葉そのものが少し遅れて追いかけてきた。
正面の霧の中に、どこかで見覚えのある三つの部隊が浮かび上がった。
輪郭がはっきりする頃には、すでにこちらへ向かって身構えている。
カノンさん、トモさん、そして……僕の部隊だ。
その偽物の僕を中心に、光の柱が立った。
「ちょうどいいわね。『やまびこ』よ。あなたの『欠点』を教えてあげるわ。下がるわよ。皆、距離を取って!」
二人に続いて僕も全力で距離を取る。このスキルの怖さを僕は何度も目の前で体験しているからだ。
背後の地面に、コピー部隊の矢が何本も突き刺さる。
僕たちは、光の柱から放たれる矢が届かなくなるまで、一気に距離を空けた。
コピー部隊は数秒間立ち止まっていたが、やがてトモさんの部隊のコピーが先に動いてきた。
「ここで迎撃するわよ。まあ、たどり着ければの話ですけど…」
トモさんのコピーが棍棒を片手に突っ込んでくる。
一直線に走りながら矢を浴びるが、後方にいる巫女NPCの回復を受け、なかなか倒れない。
「おおおりゃ!」
横から棍棒でコピーをぶん殴るトモさん。巫女さん同士、棍棒を持って殴り合う姿は凄まじい。
だが、《応人の盾》の効果範囲から外れ、弓の援護が届かない今、戦力的にこちらが圧倒していた。
こちらの巫女NPCを一人殴り倒したものの、やがて『トモのコピー』も崩れ落ちた。
「これでメッキが剥がれましたわね。光の柱が収まったら一気に行きますわよ。西野君は盾を構えたままトモの後ろについていって」
「リキャストは終わったかい? そろそろこっちも反撃といこうか!」
光の柱が収まると、三部隊揃ってコピー部隊に向かって走り出す。僕は盾を構え、言われた通り、トモさんの後ろについていく。
「リキャスト、終わりました!」
走りながらカノンさんに伝えた。
カノンさんのコピー部隊が、トモさんへ矢を集中させるが、回復の速度が勝っているからか倒れない。
やがて、カノンさんのコピー部隊から矢が飛んでこなくなった。矢が尽きたのだ。
こちらが距離を取る間にも矢を放っていたせいか、思ったより早く使い切ったようだ。
「西野君、今ですわよ!」
言われるままに《応人の盾》を発動する。周りの部隊のスキルレベルが上がる。
「私って正面から見ると、こうも憎たらしいですわね!」
そう言って、自分のコピーに《連射》を容赦なく浴びせていく。
カノンさんのコピーは四本の矢を突き立てられて沈んでいく…
僕のコピーはトモさんの棍棒一発で吹き飛んでいった。
「これで分かったでしょう? あなたの弱点が」
カノンさんに対策を目の前で見せつけられ、改めて自分の弱さが浮き彫りになった。




