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帰り道

「三百八十円です。ありがとうございます」


会計の時、東野さんが店員らしい言葉遣いで僕を送り出してくれる。


「三時間だと、九百八十円だからお得だよ」


「セットの商品はいかがですか?」みたいに、どこかで聞いたような調子で延長も勧めてきた。


「お母さんとご飯食べないと、怪しまれるからね…」


僕はゲームをしていることを親には内緒にしている。


中学時代の半ばまで、僕の成績は中の下だった。


取り柄のない僕は、ひとつずつ得意教科を作ることで、今の高校に進学できている。


勉強も大事。だけど最近は、もっと大事なものができそうな…そんな場所にいる。


東野さんが僕に向かって小さく手を振り、


「またね。がっくん」


と、声をかけてくれる。三百八十円は安い。


「また。次はもうちょっとレベル上げてくるよ」


店長や榊さんにも頭を下げ、自動ドアを抜けた。


階段の下はまだ明るく、沈みかけた太陽の光が差し込んでいる。


階段を下り始めると、下から一人の男が上ってきた。スーツを着こなせていない…榊さんを見ているから、目が肥えたのかもしれない。


すれ違いざまに振り向き、色付きの眼鏡をずらして、僕の顔を上から覗き込んできた。


「君、西野君だろ?《応人の盾》持ってる西野君だよね?」


こっちはあなたのこと、全く知らないんですけど…


「何のことですか?」


絡まれていいことなど一つもないと感じた僕は、しらを切る。


「この前の合戦模様、見させてもらいましたよ…失礼、私はこういうものです」


胸ポケットから角の取れた名刺を一枚、差し出してきた。


遊BOT〇×店長 海江田 透


駅前にある大型ゲーム販売店の店長らしい。


「いやぁ…この前はホントに珍しい画面を見させていただきました。あの光の柱、羨ましいですな」


たった今、弱点だと指摘されていた僕は余計に腹が立つ。


「急いでるんで…帰りますね」


男に背を向け、階段を下り始めたその時、


「三十万!今すぐ三十万円お支払いいたします。…譲っていただけませんか?」


海江田は僕の後頭部へ三十万円という言葉を投げつけ、そのまま一緒に階段を下りてきた。


榊さんに三桁万円いくかもって聞いていなければ、振り返ったかもしれない。


海江田は少し焦ったように僕の肩を掴み、話を続ける。


「西野君、君は強くなりたくないのかい?この前、三人の部隊を組んでいたようですが、三十万円あれば、スキルランクAのNPCを五体揃えることも不可能ではないのですよ」


五人編成の部隊、それもスキルランクA。確かに悪くない。だけど、この男はそれ以上に僕の《応人の盾》が欲しいのだ…


「高校生相手に何絡んでんだ?お前」


階段の上からいつもより一段低い店長の声が届く。


海江田という男は雰囲気を切り替え、


「ちょうどよかった店長、あなたとお話ししようと今日は伺わせていただいたのです」


海江田が僕から離れ、階段を上っていく。振り返ると、店長は顎をしゃくり、行けと告げていた。


店長に向かってお辞儀した後、僕は帰路についた。


――家に帰り、リビングを抜けて階段を上がる。キッチンに立つ母親の様子が、いつもと違っていた。


違和感はあったが、レベル上げを優先し、母親の様子は気にも留めなかった。


暫くすると、「ご飯できたわよ」と声が聞こえたので、階段を下りていく。


父は帰宅時間が定まっていないので、二人で食べることのほうが多い。


「岳…あなた、部屋でゲームやってるでしょ?」


配膳をしながら母親が聞いてきた。さすがにバレるのは時間の問題だったと思う。


「うん。友達から安く譲ってもらったから…」


ギリギリの嘘でごまかした。


「あれほどゲームは時間の無駄だって言ってたのに。そんなもの誰かに譲るか、捨ててきなさい!」


だんだん母親のトーンが上がってきた。クレッシェンドだったっけ?そんな言葉が浮かぶ。


「ごめん。友達とも繋がってるんだ。そう簡単には切れないよ」


母親の表情がみるみる変わっていく。


「今の高校だって、ギリギリで入ったのよ!今、頑張らないでどうするの!」


有名大学を卒業した母親の言葉は重い。資格を持つ母が、パートでも短時間で一定以上の収入を得ていることも知っている。


そして、母親のトーンがフォルティッシモに達した時、僕の堪忍袋の緒も切れた。


「せっかくいい高校に入ったんだから、友達も欲しいよ!趣味の一つや二つ増えたって問題ないだろ!」


「どうした?何があった?」


仕事から帰った父が、ドアを開けるなりきょとんとした。


――トーンの上がりきった母親が事情を告げる。これで父まで加わり、一気にゲーム禁止へ流れていく。そう思った。


父の答えはこうだった。


「最初の実力テスト、クラスで三番だったんだよな?そこから成績を落とさなければ、俺は何も言わん。なに、ギリギリで受かったと思ったら上位にいたんだ…これは俺からのプレゼントだと思え。成績が下がるようなら…三人で話し合おう」


少し驚いた。まさか父が引いてくれるとは思わなかった。母も、間の抜けたような顔をしている。


「はい、この話はこれまで」


ピシッと手のひらを合わせ、「いただきます」の姿勢をとる父に、僕は感謝した。


「じゃ、じゃあ…成績が上がったらお小遣い上げてくれる?」


NPCを増やしたい一心でお願いを絞り出したが、


「調子に乗るな」


と一蹴された。…しょんぼりだ。


母が僕を見据え、念を押してくる。


「成績が下がったら、本当に話し合うからね」


成績を落とすわけにはいかない。勉強も頑張らないとな…


そういえば、AZITOで榊さんに勉強法を聞くのを忘れていた事を思い出した。

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