アルバイト
今日は人生初のアルバイト。
三時間ぐらいのレイアウト変更作業って言ってたな……。
早めに来てくれってことで、HR終わってすぐにAZITOへ直行した。
「早かったな……ほれっ!」
店の自動ドアを抜けるとすぐに店長から紺色のエプロンを投げられた。
すくうようにキャッチしたそれは、店長や東野さんとお揃いのエプロン。
自分でも頬が緩んでいるのが分かる。僕は店長に顔を見られないよう、後ろを向いて身につけた。
「早速だが……昨日の長テーブル、あれに一席ずつ足そうと思う」
店長は何か考え込んでいる。
「裏に来てくれ」
カウンター奥のバックヤードへ向かう店長の後を追う。
バックヤードの入口付近に置かれていた、一人掛けのテーブルと椅子を二組引っ張り出した。
「これ、前の店で使ってたやつ……使えるか?」
一組ずつ運び出し、長テーブルの両端に並べてみる。……ちょっと不格好だな。
店長も同じことを思ったらしく、顔をしかめた。
「やっぱりダメだな……西野君、三十分ほど待っててくれ。受付は……」
そう言いながら店長がカウンターまでついてくるように促した。
「お客さんが来たら、ここをクリック。一時間、三時間って出るだろ? 言われた時間を押しといてくれ。記帳は俺がするから」
簡単だな……僕にもできそうだ。
「じゃ、行ってくるわ」
僕に確認もせずに出ていった店長……あの人は、人の不安とか感じるんだろうか?
「兄ちゃん、ココでバイトすんの?」
お客さんの一人が聞いてきた。
「今日だけですよ。明日のレイアウト手伝いに来ただけです」
「明日って……ああ、あれ? 結構席は埋まっちゃった?」
お客さんが聞いてきたが、分からない。
「そこは店長に聞いてください……すいません」
少し申し訳ない気持ちになったけど、店長がじきに帰ってくるだろう。
「これ、分かるかい? 一昨日買ったゲーム。どうよ……」
どうよって言われても……競馬のゲームってことぐらいは分かるけど、何を聞かれているのかも分からない。
「G1五勝。種牡馬としては物足りないかな?」
やばい、全然分からない……。
「スゴイデスネ……あはははは……」
片言の返事を聞き、お客さんはつまらなそうにモニターへ向き直った。
店長だったらどうしたんだろう?
きっと、いつもみたいに変なテンションで笑うんだろうな……。
「ただいま……あ、がっくん! 似合うよ~。似合ってるよ!」
東野さんが、獲物を見つけたかのような顔つきで声をかけてくる。
そうだ……今はお揃いのエプロンを着てるんだった。
「おう、ただいま。お客さんは……入ってねえな……」
店長は、安心したのか、がっかりしたのか分からない顔つきで入ってきた。
「店はたまきに任せて……やるぞ。裏からモニター二つと箱に入ったPC、箱のまま俺のところに持ってきてくれ」
カウンターへ向かい、東野さんが指さしたものを店長のところまで運ぶことになった。
一つ、二つと運んでいく。最後に残ったPCの箱へ手を掛けたとき、少し気になるものが目に入った。
額縁の中で、調理中のコックさんが照れくさそうにこちらを見ている。
その下には棚があり、東野さんのバッグが置かれていた。
「おーい……西野。分からなかったら、たまきに聞けよ」
一瞬ぼうっとしていたのがバレたのかな。さっさと持っていくか……。
僕はPCの箱を抱え、店長のところへ運んだ。
店長は、長テーブルの端に折りたたみ式の棚受け金具を取り付け、板を継ぎ足して天板を延長していた。
店長が板を持ち上げると、金具がカチンと音を立てて止まった。
四人ずつしか座れなかった長テーブルの端に、向かい合わせでもう一台ずつ置ける空間が生まれた。
「見ろ、西野。俺、天才じゃないか?」
店長の鼻息がかかりそうだ……。
「もうちょっと早く思いついても……」
店長の眼力に負けて言いよどむ。
「すごいって言え!」
「はい」
決してすごいと返してあげない僕がいた。
「ちょうどよかった……店長、西野君を五分ほどお借りしてもいいですか?」
作業に夢中で気づかなかったけど、もう十七時を回っていた。榊さんも、いつの間にか来店していた。
「おう、榊との用事が済んだら、段ボールやら何やら、片づけを手伝ってくれ」
店長は凝りをほぐすように肩をぐるぐる回しながら、お客さんの接客へと向かった。
「西野君、向かい合わせに座ってもらってもよろしいでしょうか? 直くんもこちらに」
直くんがいたことに気づかなかった。今日は奥で宿題をしていたらしく、姿がまったく見えなかった。
「明日、上の姉ちゃん達との合戦だろ? 明日やる分まで宿題を進めておかないと、大変なんだよ」
宿題を先回りして済ませる小学生は初めて見た……。
直くんと僕は、榊さんの向かいに並んで座った。
「では……始めます」
授業みたいだ……こんな先生なら、女子はときめくんだろうな。
ちょっとだけ……榊さんが羨ましい。ちょっとだけだ。
「想像してみてください。向かい合って合戦をやることで何か困りませんか?」
……う~ん。結構綺麗だから見惚れちゃう? いや、目を合わせる勇気はないかな?
「声を出せない?」
直くんが、自信なさそうに答えた。
「よく分かりましたね。それで、今日はサインの打ち合わせです」
榊さんの表情が明るくなった。もし僕の考えを声に出していたらと思うと……ゾッとする。
「全員、初めは一緒に動きますので、僕についてきてください。僕が机を三回叩いたら、西野君はその場で待機。他の皆は自分の部隊をその場に残して行軍します」
間を置かずに榊さんが続ける。
「もう一度、僕が机を三回叩くまで西野君は待機です。いいですか?」
「ついていって、三回鳴ったら止まる。もう一度三回鳴ったら動く。これで合ってますか?」
怒らせないように、慎重に確認を入れる。
「ありがとうございます。西野君は大丈夫ですね」
「じゃあ、僕は?」
直くんが聞いてくる。
「モニターの陰に手を出して、相手から見えないように進む方向を示します。人差し指なら直くんだけ。手のひらで示した場合は三人一緒です」
「分かった。行軍以外は、『戻れ』とか声で指示してくれるの?」
「そこは声を出します。そんな場面は緊迫しているでしょうから、声の方が早いのです」
榊さんが僕に向き直す。
「大事なことです。西野君、僕が『今です!』と言ったら《応人の盾》を使ってください」
僕ができる唯一の活躍の場面だ。
「分かりました」
しっかりと応えた。
「後は、直くんと打ち合わせるので大丈夫です。店長のところに戻ってください」
榊さんはにっこり笑って、僕を送り出した。
「ごめんください。店長はいるかしら?」
聞き覚えのある口調と声……カノンさんだ。
東野さんの表情が硬い。カノンさんはそんな東野さんを素通りして、店長のもとへ向かった。
「フレンド申請と対戦希望が溢れちゃってて困りますわ……」
「知ったことか! お互い様じゃねえか。むしろ、お客さんになってもらえるチャンスが溢れてるんだ。感謝してもらいたいね」
お互いに見つめ合っているが、二人の間から飛んでくるのは、恋愛とは程遠いバチバチした空気だ。
「ちゃんと伝えてますの? そこのお嬢さんに……」
いきなり自分に話が飛んできて、東野さんは固まっている。
「何? 何かあったの……?」
東野さんの問いに、店長は目を逸らしながら答えた。
「え……えっと……負けたらメイド服でチェキをな……」
東野さんが大きなため息を漏らした。
「いいわよ。負けなきゃいいんだから。やってやるわよ」
東野さんは、男前な啖呵を切った。
「パパ、後で話があるわ」
「はい……」
これには店長も即答した。
カノンさんの騒動が過ぎ去り、フロアの片づけも終わった頃、
「お疲れさん、これ。あとオマケだ。二人よりはマシだろ?」
今日のバイト代らしきポチ袋と、《倭国争乱》のソフトを手渡された。
明日は三人の部隊で戦える。今日は帰って試さないと。
エプロンを外し、足早に家路についた。
帰り道でポチ袋を開けると、五千円札が一枚。それと、
「今日は助かった。ちょっとだけ増額している。また何かあれば頼む」
店長からのメッセージも入っていた。
すいません。今日はいつもより書く量が増えちゃって…定期更新頑張ります。明日は合戦前かな?




