第三十八話「説明」
三週間、経った。
田中はある日、昼休みにスマホで転職サイトを開いた。
開いたのは初めてだった。
登録はしていなかった。
ただ、「仕組みを作る仕事」で検索してみた。
結果はたくさん出た。
「業務改善コンサルタント」
「UXデザイナー」
「プロダクトマネージャー」
どれも、田中が大学で学んだ内容ではなかった。
今やっているコールセンターの仕事の延長でもなかった。
でも、田中が最近動いている方向は、少しだけこれらに近かった。
田中は自分の職務経歴を、頭の中で組み立てた。
「コールセンター、オペレーター、六年」
「マニュアル改善、提案」
「大手法人顧客、対応」
「倉庫訪問、根本原因特定」
書いてみて、田中は少し不思議な気分になった。
「マニュアル改善、提案」は、田中の「仕事」の範囲では、正式にはない。
「倉庫訪問」も偶発的だった。
でも、田中の動きとしては確かにそこにあった。
田中は昼休みが終わる前に、スマホを閉じた。
まだ、何もしない。
ただ見ただけだった。
午後、田中はまた電話を取った。
取りながら、スマホで見た職種の名前を思い出した。
「業務改善コンサルタント」。
田中の動きは確かにそれに近かった。
でも、「コンサルタント」という言葉が、田中の口には合わなかった。
(来栖さん、コンサルタントだったな)
田中は思い出した。
そして、「一人壊れた」という言葉も一緒に思い出した。
(僕、コンサルタントになりたいわけじゃないな)
田中は少し息を吐いた。
名前は何でもよかった。
田中がやりたいのは、「仕組みを作る」ことと、「聞く」ことの両方だった。
両方をやれる仕事の名前を、田中は知らなかった。
夕方、田中は加藤のブースに行った。
加藤は定年再雇用が来月までだった。
もう残り三週間だった。
「加藤さん」
「おう」
「少しご相談が」
「なに」
田中は少し躊躇った。
「……今の仕事の次を考えています」
加藤は少し目を瞬かせた。
「転職?」
「まだわかりません」
「どういう動きしたい?」
田中は少し考えた。
「仕組みを作る動きをしたいです」
「コンサル、みたいな?」
「……それは違う気がします」
「なんで?」
「コンサルって、現場離れて動くイメージです」
「うん」
「僕は現場にいながら、仕組み作りたいです」
加藤は少し笑った。
「それ、『業務改善担当』って呼ぶかな」
「業務改善担当?」
「うん。現場の人間が現場にいながら、改善する」
「はい」
「大きい会社だと、そういうポジションある」
「……」
「でも、うちのコールセンターにはないよな」
「……はい」
加藤は缶コーヒーを飲んだ。
「作るしかない」
「え?」
「そのポジション、無いなら、作る」
「……作る?」
「うん」
「田中くん、今すでにやってるだろ」
「……」
「それを『正式なポジション』にする交渉をする」
田中は少し黙った。
「交渉相手は誰ですか」
「部長、かな。もしくは人事部」
「はい」
「今の業績なら、交渉できる」
「……」
「マニュアル改善、大葉産業対応、実績ある」
「はい」
「『こういう役割、必要』と提案する」
加藤は少し笑った。
「俺が十五年前、できなかったことだな」
「……」
「田中くん、やってみ」
田中はブースに戻った。
戻って、モニターを見た。
応答ランプが点滅していた。
田中は取った。
取りながら、頭の別の場所で考えた。
(新しいポジションを作る交渉?)
それは、田中が今まで考えたことのない方向だった。
転職も独立も考えていたが、「社内でポジションを作る」は選択肢になかった。
でも、加藤の話を聞いて、しっくりきた。
転職しても、独立しても、田中がやりたい動きは同じだった。
それなら、今の場所でやれるなら、その方が楽だった。
夕方、退勤。
田中は通路を歩いた。
監査部のプレートの前を通った。
会議室は今日も空いていた。
田中は少しの間、プレートを見ていた。
来栖がいた場所。
今、空いている場所。
来栖がいなくても、田中は動ける。
動けることを来栖は見ていないかもしれない。
見ていなくても、田中は動く。
駅のホーム。
電車を待ちながら、田中はノートを開いた。
「業務改善担当、ポジション作る?」
「交渉相手:部長 / 人事部」
書いて、田中は少し見ていた。
書いたのに、田中はまだ何も準備していなかった。
準備していないから動けなかった。
動けないが、方向は見えた。
方向が見えただけで、今日は収穫だった。
電車が来た。
田中は乗った。
車内で吊革につかまって揺られた。
揺られながら、田中はふと思った。
(僕、部長と話したこと、ほぼない)
面談の時の十五分が唯一だった。
その時、部長は田中のことを知らなかった。
今も知らないと思う。
(知らない人に書類見せても、読まれない)
来栖の言葉が、田中の中で回った。
でも、今回は違うかもしれない。
実績があった。
マニュアル改善、大葉産業対応、カタログ変更。
実績があれば、知らない人にも届くかもしれない。
家に着いた。
ノートをテーブルに置いた。
缶ビールを開けた。
一口飲んだ。
苦い。
布団に入った。
目を閉じた。
眠るまでに田中は一つだけ考えた。
(提案書、書こう)
「業務改善担当、ポジション設置の提案」
「田中 誠」
頭の中でタイトルを書いた。
書いただけで、まだ中身はなかった。
中身は明日から書く。
田中は眠った。
眠りは浅かった。
浅い眠りの中で、田中は何度か目を覚ました。
覚めたたびに、田中は「提案書」の中身を頭の中で考えた。
考えながら、また眠った。
考えるのは少しだけ楽しかった。
楽しいと思える夜は、田中には久しぶりだった。




