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学校一の『氷の美少女』な姉は、家だと限界ポンコツ甘えん坊です  作者: 功刀


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19/19

姉と外食

 エンドロールが終わり、シアター内の照明がパッと明るく点灯した。

 俺は小さく伸びをしながら、隣の席で微動だにしない千秋を恐る恐る窺った。


 どうせ開始三十分で口を開けて爆睡しているだろう。最悪の場合、いびきをかいて周囲に迷惑をかけているかもしれない。そう覚悟していた。


 だが……


「……すごかった」


 千秋は両手で膝をぎゅっと握りしめたまま、スクリーンから目を離さずにポツリと呟いた。

 その目はパッチリと見開かれ、完全に覚醒している。寝癖はおろか、瞬きすら忘れていたのではないかと思うほどに乾燥した瞳で、じっと前を見据えていた。


「おい。お前、起きてたのか」

「起きてたわよ。最初から最後まで一瞬の隙も見逃さなかったわ」

「嘘だろ。あんな泥臭いロボットのドンパチ、お前絶対興味ないと思ってたのに」

「興味なかったわ。でも……あの主役の機体がボロボロになりながらもヒロインを庇って立ち上がるシーン。あれはズルい。あんなの見せられたら心拍数上がるに決まってるじゃない。最後のビームの爆音で心臓止まるかと思った」


 興奮冷めやらぬ様子で早口でまくしたてる千秋。

 外での『クールな美少女』の仮面を被ったまま、オタクのように映画の感想を語る姿はひどくアンバランスで可笑しい。

 俺は少しだけ拍子抜けしてしまった。


「なんだ。意外と楽しめたならよかったよ。ポップコーンも全部食ってるし」

「ええ。最高の二時間だったわ」


 立ち上がった千秋の横顔には、普段の家でのだらしなさも、俺にベタベタ甘えてくる重い執着もない。

 純粋に映画の余韻に浸っている、普通の高校生の顔があった。


 ……連れてきて正解だったか。


 そんなことを思いながら、俺は空になったポップコーンの容器とドリンクのカップを回収した。

 館内を出て、エスカレーターを下りながらスマホで時間を確認する。

 午後四時。まだ夕飯には早いが、昼飯を適当に済ませたため小腹が空く時間だ。


「……湊」

「ん? なんだ」

「おねえちゃん、エネルギー切れ。お腹すいた。細胞が悲鳴を上げてる」

「またそれか。映画見て座ってただけでなんでそんなにエネルギー消費すんだよ」

「感情の起伏が激しかったからカロリーを消費したの。このままじゃ飢え死にする」


 千秋はまたしても俺の腕に絡みついてきた。エスカレーターに乗っている間、他の客の視線が集まるのを全く気にしていない。


「わかったわかった。じゃあ何か食って帰るか。何がいい?」

「うーん……ガッツリしたものがいいな。肉とか、炭水化物とか」

「お前のその細い体のどこにそんな食欲が収まってるんだよ」


 駅前の繁華街に出ると、夕方の空気に様々な飲食店の匂いが混じっていた。

 カフェでパンケーキという選択肢は早々に消えた。千秋の目は完全に『しょっぱいもの』を求めて獲物を探すハンターのそれになっていたからだ。


「あ、湊。あれ」


 千秋が指差した先には、赤と白の暖簾が揺れる小さなラーメン屋があった。

『極み・淡麗塩ラーメン』という看板が出ている。


「ラーメン? お前、外でそういうの食うのか?」

「塩ラーメンならあっさりしてるからセーフよ。それに、さっきの映画のヒロインも屋台でラーメン食べてたでしょ。あれ見てから口が完全にラーメンの口になってたの」

「影響されやすすぎだろ」


 まあ、俺もラーメンには異存はない。

 引き戸を開けて店内に入ると、豚骨の混ざった食欲をそそる匂いと、クーラーの強い冷気が全身を包んだ。

 中途半端な時間だからか、客はカウンターに数人いるだけだ。俺たちは奥のテーブル席に案内された。


「いらっしゃいませ! ご注文がお決まりになりましたらお呼びください!」


 元気の良い店員の声に、千秋はメニュー表を真剣な顔で睨みつけている。

 外向きの『完璧な千秋さん』の表情を崩さず、しかしその脳内は完全にカロリー計算と欲望のせめぎ合いになっているのが手に取るようにわかる。


「私はこの特製塩ラーメン。あと、煮卵トッピングで」

「俺は醤油ラーメンの大盛りにする。すいません、注文いいですか」


 店員を呼んで注文を済ませると、千秋はホッと息をついておしぼりで手を拭き始めた。


「そういえば、湊」

「ん?」

「さっきの映画の最後、主人公が『俺はお前を一生守る』って言ったじゃない」

「ああ、お約束のクライマックスな」

「湊も私に言ってごらん」

「はあ!?」


 突然の無茶振りに俺は素っ頓狂な声を上げた。

 千秋は頬杖をつき、目を細めてニヤニヤと俺を見ている。


「だって私はヒロインで、湊は弟でしょ。家族を守るのは男の務めじゃない」

「映画と現実を混同するな。俺が守らなくてもお前は一人で図太く生きていけるだろ。生命力がゴキブリ並みなんだから」

「ひどい! おねえちゃんを害虫扱いした!」


 テーブルの下で俺の脛を軽く蹴ってくる。

 痛くはないが、その理不尽なじゃれ合いが、先ほどの映画館のロビーでの異常な密着よりもよっぽど健全で、姉弟らしい距離感に思えた。


「お待たせいたしましたー! 特製塩ラーメン煮卵トッピングと、醤油ラーメン大盛りです!」


 湯気を立てる二つの丼が運ばれてくる。

 透き通るような黄金色のスープの上に、綺麗に盛り付けられたチャーシューと白髪ネギ。


「わぁ……美味しそう」


 千秋の顔がパァッと明るくなった。

 外向きの顔を保とうとしてはいるが、瞳の奥が完全に「早く食べたい」と輝いている。


「いただきます」

「いただきます」


 俺たちは同時に割り箸を割り、麺をすすった。


「ん……! 美味しい! スープがあっさりしてるのにすごくコクがあるわ」

「ああ、当たりだなこの店」


 千秋は器用に髪を片手で押さえながら、黙々と麺を口に運んでいく。

 家では「箸持つのめんどくさい、凑食べさせて」などとふざけたことを言う女だが、さすがに外ではそんな醜態は晒さないらしい。

 熱々のスープを飲み込み、チャーシューをかじる姿は、不思議と絵になっていた。


 ……なんだかんだ言って、やっぱり顔はいいんだよな。


 そんな身内びいきな感想を抱きそうになり、慌てて醤油ラーメンのスープで思考を洗い流す。


「湊、チャーシュー一枚あげる」

「え、いいのか?」

「その代わり、醤油ラーメンのスープ一口ちょうだい」

「お前な……」


 レンゲを差し出してくる千秋。

 結局、俺たちは互いのラーメンを味見し合いながら、くだらない映画の感想で盛り上がり、どんぶりを空にした。


「ふぅー……食べた食べた。大満足」

「お前のその細い腹に麺とスープが全部消えたのが不思議でならないよ」

「言ったでしょ、燃費がいいの。それに、湊と一緒に食べるご飯はカロリーゼロになる魔法がかかってるから」

「どんな魔法だよ。帰ったら体重計乗って絶望しろ」


 くだらない軽口を叩き合いながら、俺は伝票を手に取ってレジに向かった。

 財布を取り出そうとすると、千秋が横からスッと千円札を二枚差し出した。


「いいよ、ここは私が出すから」

「は? なんでだよ。俺が誘ったようなもんだろ」

「映画のチケット代、湊が払ってくれたじゃない。これはそのお礼」


 千秋はウィンクをして、店員にお金を渡した。

 普段、家では俺の財布から小銭を掠め取ってアイスを買わせるくせに、変なところで姉風を吹かせてくる。


 店を出ると、外の空気は少しだけ熱を失い、夕方の柔らかい光に変わっていた。

 オレンジ色に染まる駅前の通りを、俺たちは並んで歩き出す。


「今日は楽しかったわね、湊」

「ああ。たまには映画も悪くないな」

「今度は湊の好きなジャンルじゃなくて、私が好きな恋愛映画に付き合ってもらうからね」

「勘弁してくれ。俺が途中で寝るぞ」

「寝たら耳元でポップコーンの咀嚼音聞かせて起こすから」


 楽しげに笑いながら、千秋が再び俺の腕にスッと腕を絡ませてきた。

 さっきの映画館での過剰な密着ではなく、ただ隣を歩くための、自然な重み。


 まあ、たまにはこんな日があってもいいか。


 俺は少しだけ抵抗するのをやめて、腕から伝わる体温を受け入れた。

 家に帰ればまた、ズボラで手のかかるスライムのような姉に戻るのだろう。でも、この夕焼け空の下を一緒に歩く時間だけは、少しだけ悪くないと思える。


「帰ったらアイス食べよーっと」

「……ラーメン食った後にまた食うのかよ。魔法なんて絶対効いてないぞ」

「うるさい! 湊のアイスも半分もらうからね!」


 どこまでも理不尽で、どこまでも自由な姉の隣で、俺は諦め混じりのため息と一緒に、小さく笑い声をこぼした。

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