第6話:路地裏の結び、消費ゼロの術
私が炊き立ての玄米を咀嚼している最中、その男たちはやってきた。 お江戸の城下町から遠く離れた、この鄙びた宿場町の空気が、一瞬で凍りつく。 私の気配察知が、長屋を取り囲む異常な数の足音を捉えた。その数、およそ五十。 隠密の御庭番だけでなく、今回は烏帽子を被った公儀の最高戦力、特級陰陽師たちまでが勢揃いしていた。西の大妖怪・九尾の狐との戦いから敵前逃亡し、保身のために「最重要指名手配犯である私」を捕らえて手柄にしようと、血眼になって追いかけてきたらしい。「謀反人・美沙子! ならびに逃亡犯・源次郎! 貴様らの逃げ場はない。神妙に捕縛されよ!」 長屋の外から、拡声の術式を使った男の声が響き渡る。 障子の隙間から外を覗くと、宿場町の住人たちが恐怖に震えながら、着の身着のままで逃げ惑っていた。 公儀の連中は、一般の住人が巻き添えになることなど一ミリも気にしていない。むしろ、私をおびき出すために、この古い木造長屋ごと火を放ちかねない殺気だった。「くそ、ここまで追ってくるとは……。ミサコ殿、俺が囮になる。お前はその隙に逃げろ!」 部屋の隅で、源次郎が悲壮な覚悟で刀を抜こうとした。 東京のあの男も、よく借金取りがアパートのドアを叩いているときに、「俺が話してくる!」と威勢のいいことを言って、結局私の後ろに隠れて泣いていた。男たちの「俺が守る」という言葉ほど、中身のないものはない。「源次郎さん、静かにしてください。せっかくのご飯が冷めます」 私は最後の一口の玄米を綺麗に飲み込むと、箸を箸置きにそっと置いた。 彼らが大妖怪から逃げてきたことなんて、どうでもいい。公儀の面子なんて、知ったことではない。 ただ、私がなけなしの百文を前払いし、床の傾きを我慢しながら、今日ようやく自分だけの居場所として落ち着けたこの六畳一間を、他人の勝手な都合で踏みにじられる。 その事実だけが、私の逆鱗に触れていた。「……私の四畳半や六畳間を、他人の事情で汚されてたまるものか」 私は静かに立ち上がり、障子戸を開けて外の路地裏へと出た。 目の前には、白と紫の豪華な狩衣を着た特級陰陽師の老人と、それを守るように抜刀した数十人の武士たちが並んでいる。「ふん、ようやく出てきたか、小娘。貴様の十個の究極術式、国のために役立てて……」「うるさい」 私は老人の言葉を最後まで聞かずに、ただ右手を突き出した。 十個の究極術式の一つ、重力崩壊の陣。 気の消費、ゼロ。 ドン、という地響きさえ立たなかった。 ただ、次の瞬間、公儀の連中全員の頭上に、目に見えない巨大な鉄の塊が降ってきたかのような圧力が叩きつけられた。「ぶふっ!?」 特級陰陽師の老人も、精鋭の武士たちも、何が起こったのか理解する間もなく、泥水が溜まった路地の地面に文字通り「叩きつけられた」。 地面に顔をめり込ませ、手足一本身動きが取れない。彼らが必死に編み込もうとした防御の術式は、私の魔力消費ゼロの圧倒的な出力の前に、ガラス細工のように一瞬で粉々に砕け散っていた。「が、は……。気の消費がない……だと……? 馬鹿な、そんな術式が……」 老人が泥水をすすりながら、信じられないという目で私を見上げてくる。「もう一度言います。あなたたちの都合なんて、私の生活には一文の価値もありません。私の部屋を壊そうとしたら、次はこの街ごと、あなたたちの存在を消滅させます」 私は淡々と、冷徹な声で言い放った。 究極術式の一つ、威圧の波動。これも気の消費はゼロだ。 私の体から放たれた目に見えない精神的圧力が、路地に伏せる五十人の脳裏に「絶対的な死」のイメージを直接叩き込む。 さっきまで偉そうに命令を飛ばしていた男たちが、恐怖のあまりガタガタと震え、誰一人として戦意を保てなくなっていた。あまりの恐怖に、失禁している者さえいる。 東京で付き合っていた男に貯金を奪われたあの日、私はただ泣き寝入りするしかなかった。力がない者は、いつだって奪われ、踏みにじられるのが現実のルールだったからだ。 けれど、この世界では違う。 私のポケットには、世界をいつでも滅ぼせるほどの絶対的な暴力が眠っている。使いたくはないけれど、持っている。そして、私のささやかな生活を邪魔する奴らには、容赦なくそれを行使する。「……さあ、片付けの時間です」 私は足元に影の袋を広げると、彼らが地面に落とした高価な霊晶の施された杖や、上質な刀を、ズズズと音を立ててすべて吸い込んでいった。お上への嫌がらせであり、これまでの夜逃げの迷惑料としての「差し押さえ」だ。 武器をすべて奪われ、恐怖で完全に心が折れた公儀の精鋭たちは、重力から解放された後、蜘蛛の子を散らすように王都の方角へと逃げ帰っていった。 長屋の陰からその光景を呆然と見ていた源次郎が、腰を抜かしたまま私を見上げていた。「ミサコ殿……、お前は一体……」「ただの、内職探しの逃亡者です」 私は汚れた路地を一度も見返さず、自分の部屋へと戻った。 夕方の風が、軒先に干した私の洗濯物を、心地よさそうに揺らしていた。




