暴かれた静寂
前回: 音という壁を乗り越え、共に過ごす事を決めた凛と悠真。
必死に守ってきた静寂が暴かれる。
大学のラウンジは、いつも以上の熱気に包まれていた。
凛がノートを抱えて歩いていると、掲示板の前に人だかりができている。
スマートフォンの画面を突き合わせ、学生たちが興奮気味に囁き合っているのが、空気の震えで伝わってきた。
『ねえ、知ってる? ハルの正体、うちの工学部のやつらしいよ』
読唇術で読み取れたその言葉に、凛の心臓が跳ねた。
誰かが、あの公園での二人を見つけていたのだ。
SNSには、遠くから隠し撮りされた悠真の横顔と、その隣でノートを差し出す凛の姿がアップされていた。
『隣にいる女、誰?』
『耳が聞こえないんだって。ハルが同情して構ってあげてるだけじゃない?』
画面越しに流れてくる、顔も見えない誰かの無責任な言葉。
凛は、自分の足元が崩れていくような感覚に陥った。
自分が彼の隣にいることで、彼が守り続けてきた「ハル」としての神秘性が汚れ、好奇の目に晒されている。
その日の放課後、悠真はいつもの公園には現れなかった。
代わりに、凛のスマートフォンに一通のメッセージが届く。
『ごめん、今日は会えない。大学のやつらに囲まれて、身動きが取れないんだ。……凛は大丈夫? 嫌な思い、してない?』
自分の心配よりも先に、凛を気遣う悠真。
凛は震える指で返信を打とうとして、止めた。
(私が、彼の足を引っ張ってる……)
翌日、意を決して悠真の学科の棟へ向かった凛は、そこで見てしまう。
例の「中庭の女の子」が、泣きそうな顔で悠真に詰め寄っている姿を。
「……なんであんな子なの? 私じゃダメなの?」
彼女の激しい口の動きから、そんな言葉が読み取れた。
悠真は困惑したように立ち尽くし、周囲には野次馬が集まっている。
凛は、その輪の中に踏み込むことができなかった。
自分が行けば、さらに彼を窮地に立たせてしまう。
逃げるように屋上へ向かった。
春の風が強く吹きつけ、世界は相変わらず静まり返っている。
けれど、その静寂が今は、孤独という名の檻のように感じられた。
(音が聞こえない私には、彼を守るための「言葉」さえ持っていない)
ノートを強く抱きしめ、凛は唇を噛んだ。
このまま、彼を「音」のある、明るい世界へ返すべきなのかもしれない。
そんな弱気が心を支配しようとした、その時。
背後のドアが勢いよく開き、風が舞う。
振り返ると、肩で息をし、服が乱れた悠真が立っていた。
第九話「暴かれた静寂」最後まで読んでいただきありがとうございます。
凛の身の安全を第一に考える悠真。
悠真の為に身を引こうとする凛。
次回もどうぞよろしくお願いします。




