白紙の共鳴
前回: 落ち込む凛の手のひらを、自身の心臓へ導いた悠真。
二人の「音」という壁を乗り越える。
悠真は凛の手を自分の胸に強く押し当てたまま、ゆっくりと、けれど迷いのない筆致でノートに書き込んだ。
『違うよ、凛。
あの子と話している時より、君とノートで話している時の方が、僕は僕でいられる。
音が聞こえるとか、聞こえないとか、そんなのどうでもいいんだ。
君が僕のギターに触れて、その振動を「綺麗だ」と言ってくれた時、僕の音楽は初めて完成した気がしたんだ』
悠真はノートを置くと、愛用のギターを抱え直した。
そして、凛の目をじっと見つめ、静かに、深く息を吸い込む。
彼は歌い出した。
マイクも、スピーカーも、SNSのフィルターもない。
ただ、目の前の彼女一人に届けるためだけの、生身の声。
凛の手のひらに、彼の心臓の鼓動がダイレクトに伝わってくる。
ドクン、ドクンと刻まれるリズム。
それに合わせて、彼の喉が激しく震え、胸板が熱を帯びて振動する。
(……聞こえる)
鼓膜は震えていない。
音色も、音程も、歌詞の意味さえも正確には分からない。
けれど、彼が今、全身を震わせて自分に何かを叫んでいること。
その「熱」が、指先から血の巡りに乗って、凛の心臓を直接叩いていること。
それは、どんなに耳の聞こえる人たちが聴く音楽よりも、ずっと鮮やかで、切実な「音」だった。
悠真は、涙を溜めた瞳で笑いながら、一番強く弦を弾いた。
ギターのボディから溢れ出した激しい震えが、凛の体中を駆け抜ける。
音がわからないから一緒にいちゃいけないなんて、そんなの嘘だ。
世界で一番、彼の音楽を「体感」しているのは、今、ここにいる自分なのだと確信した。
歌い終えた悠真は、肩で息をしながら、再びノートを手に取った。
そこには、たった一行。
『僕の隣で、ずっと僕の震えを聴いていてくれませんか』
凛はもう、涙を隠さなかった。
ぐちゃぐちゃの笑顔で、彼の胸に飛び込む。
耳元で、彼の心臓が今までで一番速く、力強く跳ねるのを感じながら、凛は心の中で何度も、何度も返事を繰り返した。
第八話「白紙の共鳴」最後まで読んでいただきありがとうございます。
ノートには何も無い。
言葉では伝わらない、二人の振動が共鳴する。
次回もどうぞよろしくお願いします。




