表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

語られない秘密

前回: 近所の公園で偶然出会った2人。


孤高のギタリスト「ハル」と音の無い世界で生きる「凛」。


彼らの口から語られない秘密が、ノートの上で静かに語られる。


凛はノートのページをめくり、確信を込めて次の一文を書き殴った。


 『SNSの、ハルさん……ですよね?』


その文字を目にした瞬間、彼の肩が大きく跳ねた。


ギターを抱える指が、行き場を失ったように弦の上で震える。


彼は顔を背けようとしたが、凛はその瞳を逃さなかった。


「…………っ」


彼の唇が微かに動く。


何かを言いかけ、けれど声には出さず、ただ困惑したように視線を泳がせた。



その指のタコ、手首の細い傷、そして今、目の前で戸惑っているその空気感。


凛は確信した。


画面越しに恋い焦がれた「彼」が、今、自分の手の届く距離にいる。


凛は一度深く息を吸い、迷いを振り切るようにペンを走らせた。


 『一週間前、あなたの動画にコメントをしました。

「音が聞こえなくても、あなたの歌は届いています」』


彼はハッとしたように顔を上げ、凛を凝視した。


凛は自嘲気味に、けれど誇らしげに少しだけ微笑んで、自分の耳を指さす。


そして、ゆっくりと、彼が動画で返してくれたあの動作をなぞった。


左手で作る、丁寧な「ありがとう」の手話。


 『私です。あの時、手話を返してくれた、耳の聞こえない女の子です』


ノートを突き出した凛の手が、わずかに震えていた。


夕暮れの公園。


子供たちの声も、遠くの車の走行音も、彼女の世界には存在しない。


けれど、目の前の彼がギターをベンチに置き、ゆっくりと立ち上がった時、空気が熱を帯びて動いたことだけは分かった。


彼はパーカーのフードを脱ぎ捨てた。


露わになったその素顔は、画面越しに想像していたよりもずっと幼く、泣きそうなほど優しい顔立ちをしていた。


彼はノートを奪うように手に取ると、凛のペンを借りて、震える手でこう書き込む。


『見つけてくれて、ありがとう』





彼はパーカーのフードを脱いだまま、辺りを一度だけ警戒するように見回した。


それから、凛から奪うように手に取ったペンを、震える指で走らせる。


 『ごめん、声は出せないんだ。……バレると、いろいろ面倒なことになっちゃうから』


 走り書きされた文字は、少し乱暴で、けれどどこか温かい。


 凛はそのノートを自分の方へ引き寄せると、首を傾げて問いかけた。


 『有名人だから?』


彼は苦笑いして、首を振る。


 『……自分でもよくわかんない。ただ、歌う時以外は、誰にも「僕」だって気づかれたくないんだ。SNSの「ハル」は僕だけど、現実の僕は、ただの冴えない男だから』


ノートの端に描かれた小さな泣き顔の落書き。


それを見て、凛の胸の奥がチクリと痛んだ。


画面の向こう側で力強く弦を弾いていたあの指先も、今は所在なげに自分の膝を叩いている。


凛は迷わず、ペンを走らせた。


 『私は、今のあなたの指も、好きですよ。動画で見た時より、ずっと一生懸命に動いてる』


書き終えてノートを差し出すと、彼の視線が文字の上で止まった。


一瞬、時が止まったような静寂が二人を包む。


凛には音が聞こえない。


だからこそ、彼が大きく息を呑んだ気配や、耳の付け根がじわじわと赤くなっていく様子が、痛いほど鮮明に伝わってくる。


彼は深く顔を伏せたまま、今度はゆっくりと、丁寧に文字を綴った。


 『……耳、本当に聞こえないの?』


凛は無言で頷く。


すると彼は、自分の抱えていたギターを、そっ

と凛の方へと差し出した。

 

 『じゃあ、これ。触ってみて』


戸惑いながらも、凛がその木製のボディに両手を添える。


彼はノートを脇に置き、ピックを使わず、指の腹で一本の弦を優しく弾いた。

 

——トーン。


指先から、手のひらから、腕を通って心臓まで。


温かくて、どこか切ない「震え」が、凛の全身を駆け抜けた。


 『聞こえる?』


彼がノートに書いたその問いに、凛は大きく、何度も頷いた。


音が聞こえない世界で、初めて「彼の声」に触れた瞬間だった。



第三話「語られない秘密」最後まで読んでいただきありがとうございます。


会話が出来ない二人が、静かに語り合う。


静寂に包まれた、柔らかい関係をイメージして書きました。


みなさんに伝わっていたら嬉しいです。


次回も、どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ