静寂の邂逅
オレンジ色の夕日に染まる、放課後の公園。
凛はいつものように補聴器を外してカバンにしまい、静寂の中に身を置いていた。
世界から音が消えると、視界はより鮮明になる。
揺れる木々、家路を急ぐ子供たちの影、そして
——ベンチに座ってギターを抱える、一人の青年の姿。
彼はパーカーのフードを深く被り、何かに没頭するように弦を弾いていた。
通り過ぎようとした凛の足が、ふと止まる。
(……あの、動き)
何度も、何度もスマートフォンの画面越しに眺めた指の運びだった。
弦を抑える左手の節くれだった関節。
ストロークする瞬間に少しだけ浮き上がる、手首の筋。
そして、リズムを取るためにトントンと規則正しく揺れる、右足のつま先。
それは、毎晩ベッドの中で「光」として眺めていた、あのアカウントの主・ハルの癖そのものだ。
彼は顔を伏せたまま、激しく、切なくギターをかき鳴らしている。
凛にはそのメロディーが聞こえない。
けれど、彼の指先が空気を震わせるたびに、胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚に陥った。
動画で見るよりもずっと、その指先は必死で、何かを訴えるように叫んでいる。
気がつけば、凛の足は彼へと動き出していた。
影が落ちたことに気づき、彼が顔を上げる。
フードの隙間から覗いた、優しさで溢れる瞳が、驚いたように大きく揺れた。
凛は震える手で、カバンから一冊のノートを取り出す。
マジックペンで大きく書いたその一言を、彼に突きつけるように見せた。
『あなたの指を、知っています』
彼は目を見開いたまま、固まった。
周囲の喧騒も、風の音も、凛には一切届かない。
ただ、彼の抱えたギターのボディが、微かに、けれど確かに震えているのだけが彼女の手のひらに伝わってきた。
オレンジ色の夕日に染まる、放課後の公園。
木陰にある一つのベンチに腰掛ける。
手に持っていたギターをベンチへ置き、瞼を下ろして視界を遮ぎった。
世界から視界が消えると、聴覚はより鮮明になる。
風に揺れる草木の音、家路を急ぐ子供の声。
この公園の心地よい雰囲気は、新しいアイデアを求める彼には最適だった。
左足首を右膝に乗せ、ギターを抱えて弦を弾く。
本能のままにジャガジャガとかき鳴らし、無意識に右足が動く。
すれ違う思いを表現したような、切ないメロディーが辺りに響き渡った。
少し没頭しすぎたようで、気がつけば目の前には人の影。
優しい瞳を持つ、穏やかな雰囲気の女性が立っていた。
『あなたの指を、知っています』
その言葉と共に突き出された、一冊のノート。
見覚えのある響きをした文章に、驚きを隠せなかった。
吹っ飛んだ新曲のメロディーも、正体がバレた不安も、彼の心には一切残っていない。
ただ、彼女の震える手から伝わる、切実な思いと、迷いのない情熱的な瞳に目を奪われていた。
第二話「静寂の邂逅」読んでいただきありがとうございます。
出会うはずのない2人が、近所の公園で出会う。
凛の筆談に彼はなんと答えるのか。
次回も、どうぞよろしくお願いします。




