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第九章 大阪の友

関西に来てしばらく経っても、

あの人はまだ少し疲れた顔をしていた。


仕事から帰ってくると、

笑ってはいる。


でも、前より静かな時間が増えていた。


友ちゃんも、

知らん土地で少し心細そうやった。


せやからオイラは、

できるだけいつも通りでおろうと思った。


朝になったら散歩に行きたがって、

夜になったらふたりの近くで丸くなる。


それだけでも、

家の空気は少しやわらかくなった。


その日も夕方の散歩やった。


川の近くの公園。


少しぬるい風。

草の匂い。

遠くから聞こえる子どもの声。


そこには、たくさんの柴犬がおった。


みんな自由に歩き回って、

それぞれ違う匂いをしている。


オイラは少し緊張しながら、

ゆっくり鼻を動かした。


そのとき、

ひとりの男の人が声をかけてきた。


角刈り。

日に焼けた顔。

声がでかい。


そして隣には、

胡麻色の柴犬。


「あれ、もしかして寅ちゃんちゃうか?」


その声に、

友ちゃんが驚いていた。


でも、オイラは不思議と嫌な感じがせえへんかった。


この人、最初から距離近いなぁ。


たぶん、関西の人や。


男の人は笑いながら、

ずっとブログを見ていたと言った。


その瞬間、

友ちゃんの空気が少し変わった。


安心した匂い。


オイラにも分かった。


この土地にも、

待っていてくれた人がおったんや。


モモちゃんいうその柴犬は、

静かな目をしていた。


オイラにゆっくり近づいてきて、

そっと鼻を寄せる。


落ち着いてる。


ちゃんと相手を見る犬やった。


オイラも鼻を近づける。


悪ない。


そう思った。


その週末。


オイラは“柴友会”いう集まりに行った。


柴犬ばっかり集まっていて、

匂いがすごかった。


みんな顔は似てるのに、

ちゃんと違う。


元気なやつ。

静かなやつ。

落ち着きないやつ。


オイラは順番に匂いをかぎながら、

少しずつその輪の中へ入っていった。


「ほな、撮るでー!」


角刈りの人の声が響く。


みんな並ぶ。


オイラも真ん中に座る。


たくさんの声。

笑い声。

カメラの音。


なんや、不思議やった。


関西へ来たばかりのころは、

知らん匂いばっかりやったのに。


気づいたら、

ここにも仲間ができとった。


友ちゃんも笑っている。


あの人も、

泡の出る黄色い飲み物を片手に、

前よりずっと自然に笑っていた。


あの飲み物、

相変わらず苦そうや。


でも、あの人は嬉しいときも、

しんどいときも、

いつもあれを飲んどる。


せやからたぶん、

あの人には必要なんやろな。


それを見て、

オイラは少し嬉しくなった。


「寅ちゃん、ええ顔してるわ。」


角刈りの人がそう言った。


オイラにはよう分からんかったけど、

悪い意味やないことだけは分かった。


せやから、少しだけ胸を張った。


もしかすると――


オイラはこの街へ、

ふたりを元気にするために来たんかもしれへん。


そんなことを、

夕暮れの風の中でぼんやり思っていた。


富士山のふもとで生まれて、

関東で育って、

いまは関西の風の中を歩いている。


毎日いろんな声を聞いて、

いろんな人に撫でられて、

いろんな犬と出会った。


そのせいなんやろか。


気がついたら――


オイラは関西弁を喋っていた。

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