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第十章 記憶 ― はじめての別れ

大阪へ来る少し前。


家の空気が、

いつもと変わりはじめていた。


大きな箱。

消えていく家具。

落ち着かへん匂い。


友ちゃんも、

あの人も忙しそうやった。


オイラは部屋の中を歩き回りながら、

何が起きてるんか考えていた。


でも、よう分からへん。


ただ――


何かが変わる。


それだけは感じていた。


ある日、

キャリーバッグが出てきた。


いつもなら、

どこかへ出かける合図や。


せやから嬉しくなるはずやった。


でも、その日は違った。


なんやろ。


胸の奥が少しざわざわした。


オイラは玄関の前で座り込んだ。


行きたくない。


そんな気持ちやったんかもしれへん。


「すぐ帰るからな。」


あの人はそう言って、

頭を撫でた。


その手は優しかったけど、

少しだけ不安な匂いがした。


着いた場所は、

知らん匂いがいっぱいやった。


たくさんの犬の声。

消毒の匂い。

落ち着かへん空気。


オイラは奥へ連れて行かれながら、

何度も振り返った。


友ちゃん。

あの人。


ちゃんとおる。


でも、扉が閉まった。


オイラは小さく鼻を鳴らした。


静かな夜やった。


毛布の上に丸くなっても、

なんか足りへん。


あの人の匂い。

友ちゃんの気配。


いつも聞こえる音がない。


せやから、

なかなか眠れへんかった。


でも――


オイラは待っていた。


きっと来る。


ちゃんと迎えに来る。


なんとなく、

そう思っていた。


何日経ったんやろ。


ある日、

向こうから聞き慣れた足音がした。


オイラはすぐ分かった。


帰ってきた。


体が勝手に動いた。


走る。


鼻を鳴らす。


匂いを確かめる。


ああ、

やっぱりこの匂いや。


嬉しくて、

安心して、

胸の奥が熱くなった。


友ちゃんも笑っていた。


あの人も笑っていた。


オイラは何度も足元を回った。


ちゃんと戻ってきた。


オイラを迎えに来てくれた。


その夜。


オイラはあの人の足元で眠った。


やっと落ち着いた。


静かな寝息を聞きながら、

あの人も安心している気がした。


あのころのオイラは、

まだ知らなかった。


別れるいうことが、

これから先、

もっと大きな意味を持つことを。


でも――


あの日、

オイラはちゃんと信じていた。


友ちゃんと、

あの人は、

必ず迎えに来るって。


せやから待てた。


たぶん、

それだけで十分やったんやと思う。

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