第七章 シャクレの起源
海と空に会ったころ、
オイラはまだ若かった。
体も軽くて、
歩くのも走るのも楽しかった。
風の中を歩いていると、
みんながよく声をかけてきた。
オイラにはよく分からなかったけど、
あの人たちは、どこか嬉しそうだった。
そんなある日、
オイラはいつもの病院に連れて行かれた。
白い部屋。
少し苦い匂い。
落ち着かない空気。
オイラは、なんとなく嫌な予感がしていた。
でも、あの人がそばにいた。
だから、じっとしていた。
「大丈夫」
その声が聞こえるたびに、
少しだけ安心できた。
しばらくして、
体がだんだん重くなっていった。
目の前がぼやけて、
音も遠くなる。
そして――
気がつくと、終わっていた。
でも、何かがおかしい。
体が痛い。
うまく力が入らない。
頭もぼんやりする。
オイラは、小さく声を出した。
「キュ……キュキュ……」
痛かった。
「たま」が見当たらない。
なんでこんなことになっているのか、
分からなかった。
苦しくて、
落ち着かなくて、
オイラは何度も金属の網を噛んだ。
ガリ、ガリ、と。
噛んでいる間だけ、
少し気が紛れた。
しばらくして家に戻ると、
いつもの匂いがして、
少しだけ安心した。
でも、なんとなく違和感が残っていた。
数日後。
水を飲んだあと、
ふとガラスに映った自分を見た。
「あれ?」
口元が、少し前に出ている。
なんだか前と違う。
最初は変な感じがした。
でも、だんだん気にならなくなった。
散歩に行くと、
みんなが笑いながらオイラを見ていた。
「シャクレの寅やなぁ。」
その声に、
悪い感じはなかった。
むしろ、みんな嬉しそうだった。
だったら、それでいいと思った。
風が顔に当たる。
少し前に出た口元にも、
ちゃんと風が当たる。
オイラはその風を感じながら、
いつもの道を歩いた。
痛かったことは、
たぶん忘れない。
でも――
あの痛みがあったから、
今のオイラの顔になった。
だったら、これもオイラなんだと思う。
少ししゃくれていても、
ちゃんとオイラだ。
そう思いながら、
オイラは胸を張って歩いていた。




