第六章 海と空とおっちゃん
その日は、いつもと違う場所だった。
匂いも、音も、人の数も多くて、
オイラは少しだけ落ち着かなかった。
それでも、あの人の足元にいれば大丈夫だと、
なんとなく分かっていた。
だから離れないように、
しっかりとついて歩いた。
周りには、たくさんの犬がいた。
知らない匂いばかりなのに、
なぜかひとつひとつが気になって、
つい立ち止まってしまう。
ここにも誰かがいた。
あそこにも誰かがいた。
そんなふうに、世界が広がっていく感じがした。
そのとき、後ろから声がした。
低くて、よく通る声。
振り向くと、
そこにいた二匹を見て、オイラは少し驚いた。
どこか似ている。
顔も、体つきも、
そして何より――匂いが近い。
オイラは、思わず心の中でつぶやいた。
「こいつら、よく似てんな。」
懐かしい、というほどはっきりではないけれど、
どこかでつながっている気がした。
オイラは一瞬だけ身構えた。
でも、向こうの二匹は違った。
ゆっくり近づいてきて、
静かに鼻を寄せてきた。
敵じゃない。
それがすぐに分かった。
オイラも、そっと鼻を近づける。
匂いを確かめる。
やっぱり、どこか似ている。
言葉はなくても、
「わかる」という感じがあった。
三匹で顔を寄せたその一瞬、
不思議と安心していた。
ああ、こういうつながりもあるんだな、と思った。
ふと、その隣にいる人にも目がいった。
革の匂い。
少し乾いた手の動き。
落ち着いた声。
この人も、なんだか気になる。
近づいてくる様子に、
不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ――
この人も、犬のことをよく分かっている。
そんな空気を感じた。
人間たちは楽しそうに話していた。
声の調子や空気で、
いい時間なんだということは伝わってくる。
オイラはその中で、
少し誇らしい気持ちになっていた。
ここにいていい。
そう思えた。
帰りの車の中で、
体の力がすっと抜けた。
目を閉じると、
さっきの二匹の匂いが、まだ残っている。
あの場所でのことを、
なんとなく思い返していた。
知らない世界に来たと思っていたけど、
ちゃんとつながっているものもある。
オイラはひとりじゃない。
そんなことを感じながら、
ゆっくりと眠りに落ちていった。




