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第五章 静かな印

あの道を、また歩いていた。


前に来たときよりも、

少しだけ、怖くなかった。


風の匂いも、

遠くの音も、

全部がまだ新しい。


でも、もう知らないものばかりじゃない。


角を曲がるたびに、

オイラは足を止めた。


地面の近くに顔を寄せて、

ゆっくり匂いをたどる。


ここには、誰かがいた。


少し前に通ったやつ。

もっと前にいたやつ。


いろんな匂いが重なって、

そこに残っている。


オイラは、それを読んでいた。


声はないけど、

ちゃんとわかる。


ここにいたこと。

どんなやつだったか。


そんなことが、

なんとなく伝わってくる。


ふと、後ろの気配を見る。


あの人がいる。


声をかけてきた。


言葉の意味はわからないけど、

その響きは、もう知っている。


オイラは、しっぽをひとつ動かした。


大丈夫だと伝えるみたいに。


そのとき、

ひとつの場所で足が止まった。


匂いが、少し強い。


ここだ、と思った。


体の奥が、静かに動く。


オイラは、腰を少し落とした。


後ろ足をそろえて、

地面にぴたりとつける。


そのまま、流す。


静かに。


余計なことはしない。


ただ、ここにいることだけを、残す。


それで、十分だと思った。


終わって、顔を上げる。


あの人たちが見ている。


少し笑っている気配。


でも、嫌な感じはしなかった。


オイラは、もう一度その場所の匂いをかいだ。


ちゃんと残っている。


オイラの印。


強くなくていい。


目立たなくてもいい。


消えそうでも、

ちゃんとそこにあればいい。


オイラは、そういうやり方でいいと思った。


歩き出すと、

風がまた体を抜けていく。


世界はまだ広い。


でも――


オイラは少しずつ、

ここに自分の場所を作っていく。


静かに。

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