第四章 オイラの新しい世界
この家に来てから、
オイラはずっと歩いていた。
知らない匂いが、あちこちにある。
リビングの隅、
細い廊下、
暗い台の下、
少しだけあたたかい部屋の入り口。
ひとつひとつ、
鼻を近づけて確かめた。
ここはどんな場所なのか。
どこに何があるのか。
ゆっくり、ゆっくり、覚えていった。
ここが、オイラのいる場所なんだと、
体に教え込むみたいに。
大きな扉の前にも、よく行った。
その向こうから、
いろんな匂いが流れてくる。
風の匂い。
知らないものの匂い。
でも、まだ行ったことはなかった。
そこは、オイラにとって
世界の端みたいな場所だった。
ある日、その扉の向こうに出た。
足の下が、いつもと違う。
固くて、少し熱い。
風が、体を通り抜ける。
音も、匂いも、
一度にたくさんやってきた。
オイラは、思わず立ち止まった。
足が、動かない。
耳だけが、ぴくぴく動いていた。
知らないものばかりで、
少しだけ、怖かった。
後ろから声がした。
「寅、行こう。」
あの人の声だ。
振り返らなくても、わかる。
オイラは、ゆっくり一歩を出した。
それから、また一歩。
少しずつ、体が動きはじめた。
風の匂いも、
地面の感触も、
さっきより怖くなくなっていた。
歩きはじめて、しばらくして――
オイラは急に足を止めた。
体の奥が、むずむずする。
どうすればいいのか、
なんとなくわかった。
後ろ足をそろえて、
体をくの字に折る。
そのまま、じっとする。
初めて、外で出た。
オイラの印。
ここに来た証。
終わって、顔を上げた。
あの人が見ている。
なんだか、少し誇らしかった。
「ようやったな。」
その声が聞こえたとき、
胸の奥があたたかくなった。
悪くない。
この外の世界も。
少しだけ、そう思えた。
家に戻ると、
水をたくさん飲んだ。
体の中に、今日の匂いが残っている気がした。
そのまま丸くなって、目を閉じた。
風の感触と、
さっきの声が、まだ残っている。
オイラの世界は、
少しだけ広がった。
でも――
その真ん中にいるのは、
やっぱり、あの人たちだった。
だから、たぶん大丈夫だ。
オイラはこれから、
いろんなところへ行くんだろう。
そんな気がした。




