第二十七章 因果応報 ― 因果を探すが天命か
あの人は、
よく考え込んどった。
机の前でも。
散歩の途中でも。
泡の出る黄色い飲み物を飲んどる時でも。
ずっと、
何かを考えとる匂いがした。
「なんで寅なんやろな……」
小さい声で、
そんなことも言うとった。
オイラには、
よう分からへん。
なんでって言われても、
オイラにも分からへん。
雨が降る理由を、
犬が考えへんのと同じや。
風が吹く理由も。
春が来る理由も。
ただ、
そういうもんやと思って生きとる。
せやけど人間は違う。
理由を探す。
意味を探す。
答えを探す。
それが人間なんやろなぁ、
とオイラは思う。
友ちゃんも、
あの人も、
ずっと何かを探しとった。
治る方法。
楽になる方法。
少しでも長く一緒におれる方法。
オイラのために。
新しい病院も見つけてくれた。
そこは、
今までの病院と少し違うた。
先生は、
最後まで話を聞いてくれる。
友ちゃんが話しとる時も、
途中で止めへん。
あの人が質問しても、
ちゃんと答えてくれる。
診察室の空気も、
どこか柔らかかった。
オイラも、
なんとなく居心地が良かった。
先生はオイラを見て、
優しゅう笑った。
「まだ頑張れそうやね」
言葉の意味は全部分からへん。
でも、
友ちゃんの顔が少し明るうなった。
あの人の肩も、
少しだけ下がった。
せやから、
ええ言葉やったんやと思う。
それでも、
二人はまだ探しとった。
別の病院にも行った。
そこでは、
何か特別な治療をするらしい。
せやけど、
その先生は、
オイラをあんまり見てくれへんかった。
友ちゃんの顔も見いひん。
あの人の話も、
早う終わらせたそうやった。
オイラは犬やけど、
そういうんは分かる。
匂いと空気で分かる。
友ちゃんも、
帰り道では静かやった。
「あそこは違うね」
その一言で、
全部分かった。
それから毎日、
お薬との戦いが始まった。
オイラは、
昔からお薬が苦手や。
ごはんは好き。
おやつも好き。
でもお薬は嫌や。
友ちゃんは、
毎日工夫しながら飲ませてくれる。
せやけど、
オイラも負けへん。
口をぎゅっと閉じる。
舌で押し返す。
隠されても見つける。
なかなかの勝負やった。
戦いが終わる頃には、
友ちゃんの手に小さい傷が増えとった。
それでも友ちゃんは怒らへん。
「ごめんな、寅」
「頑張ったな」
そう言うて、
頭を撫でてくれる。
オイラは、
その手の匂いが好きやった。
だから、
ちょっとだけ目を細める。
ほんまは、
「ありがとう」
って言うとるつもりやった。
せやけどな。
この頃になると、
身体の奥の痛みは、
前より少し大きなっとった。
最初は、
「なんやろなぁ」
くらいやった。
それが、
「ちょっと痛いな」
になって、
いつの間にか、
「だいぶ痛くなってきたな」
になっとった。
立ち上がる時。
向きを変える時。
友ちゃんに抱っこしてもらう時。
ふとした瞬間に、
身体の奥で嫌なもんが動く。
せやけど、
オイラはあんまり顔には出さんかった。
友ちゃんが心配するから。
あの人が悲しそうな顔するから。
オイラは、
なるべくいつもの顔をしとった。
友ちゃんが言う、
あの“あほ面”でな。
その顔を見るたび、
二人は少しだけ笑う。
オイラには、
それが何より嬉しかったんや。
理由なんか分からへん。
因果も、
運命も、
天命も、
オイラには難しい。
せやけど、
今日も友ちゃんがおって、
あの人がおって、
オイラがおる。
それだけは確かやった。
身体は少しずつ痛なってきとる。
それでも、
二人の笑顔を見ると、
もうちょっと頑張ろうかなと思えた。
それだけで、
十分幸せやったんや。




