第二十六章 宣告 ― 出口のない海
診察室は静かやった。
時計の音だけが、
やけに大きく聞こえる。
友ちゃんとあの人の匂いも、
朝から少し違う。
緊張と、
不安と、
覚悟みたいな匂い。
オイラは床に伏せて、
二人の足元におった。
先生が話し始める。
難しい言葉が並ぶ。
オイラには分からへん。
せやけど、
その声の重さだけは分かった。
友ちゃんは黙っとる。
あの人も黙っとる。
部屋の空気が、
どんどん重たくなっていく。
身体の奥は、
相変わらず少し痛い。
歩けへんほどやない。
でも、
そこに何かがおることだけは、
ちゃんと分かる。
先生が画面を指しながら、
何か説明しとる。
あの黒い影のことやろな。
オイラは前から知っとった。
あいつは、
ずっとそこにおったから。
それから先生が、
静かに言うた。
その瞬間やった。
友ちゃんの匂いが変わった。
あの人の呼吸も、
少しだけ止まった。
言葉の意味は分からへん。
でも、
二人が聞きたくなかった話なんやろな、
いうことは分かった。
先生は色々説明しとった。
これからのこと。
身体のこと。
先のこと。
友ちゃんは下を向いたまま。
あの人は、
何度も質問しとった。
歩けるんか。
おしっこはどうなるんか。
痛みはどうなんか。
全部、
オイラのためやった。
オイラは知っとる。
二人とも、
最後まで諦めへん人や。
せやから、
必死に聞いとったんや。
しばらくして、
話は終わった。
診察室を出る時、
オイラは一回だけ振り返った。
先生は優しい顔をしとった。
でも、
その目の奥には、
どうにもならんこともあるんやいう色が見えた。
帰りの車。
友ちゃんが運転しとる。
あの人は、
オイラを抱っこしとる。
二人とも、
あんまり喋らへん。
車の音だけが聞こえる。
友ちゃんが、
ぽつりと言うた。
「痛くないと良いね……」
その声を聞いて、
オイラは友ちゃんの方を見た。
大丈夫やで。
そう言いたかった。
でも、
言葉にはならへん。
せやから、
しっぽを少しだけ動かした。
家に帰ってからも、
二人は忙しかった。
机の前に座って、
薄い機械を開く。
カタカタ、
カタカタ。
何かを調べとる。
ずっと調べとる。
夜になっても、
まだ調べとる。
難しい言葉。
知らん言葉。
色んなもんが画面に映っとった。
友ちゃんも、
あの人も、
必死やった。
助かる方法。
楽になる方法。
少しでも長く一緒におれる方法。
そんなもんを、
探し続けとった。
オイラは、
少し離れたところで横になりながら、
その姿を見とった。
身体は少し痛い。
先のことも、
何となく分かる。
せやけどな。
不思議と怖くはなかった。
怖かったんは、
きっと友ちゃんとあの人の方や。
オイラには、
二人がおる。
それだけで十分やった。
窓の外は真っ暗やった。
せやけど、
部屋の中には灯りがあった。
友ちゃんとあの人は、
まだ諦めとらん。
その灯りを見ながら、
オイラは静かに目を閉じた。
海の向こうは見えへん。
でも、
二人はまだ、
出口を探し続けとったんや。




