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第二十四章 陰と影

秋の空気が、

少しずつ変わり始めとった。


朝はひんやりしとって、

窓から入る風も、

もう夏の匂いやなかった。


どこからか、

甘い花みたいな匂いも漂っとった。


オイラは、

その匂いを鼻で追いながら、

静かに横になっとった。


ほんまはな、

このころからや。


ちょっとだけ、

身体の奥が痛なってきとった。


ずっと続く痛みやない。


ふっと来て、

また引いていく。


でも、

その“ふっと”が、

少しずつ増えてきとった。


友ちゃんとあの人は、

朝からなんや慌ただしかった。


病院の先生に頼んで、

別の大きな病院へ行くらしい。


オイラにはよう分からへん。


ただ、

二人の声が、

少しだけ重たかった。


家に戻ってきてから、

友ちゃんは机の前に座った。


薄い機械を開いて、

病院でもろた丸い板を入れとる。


黒い箱やない。


持ち運べる小さいやつや。


画面には、

白と灰色の世界が映っとった。


骨みたいなん。


身体の中みたいなん。


オイラは、

少し離れたところから、

その様子を見とった。


そのときも、

ふっと、

痛みが来た。


「……ちょっと痛くなってきたな」


誰にも聞こえへんくらい、

小さく思うただけや。


すぐに引く。


せやけど、

身体の奥には確かに残る。


友ちゃんの手が止まった。


空気が変わった。


画面の中の、

黒い影。


友ちゃんは、

何回もそれを大きくしたり、

戻したりしとる。


息を止めとるみたいやった。


それから、

指を細かく動かし始めた。


カタカタ、

カタカタ。


静かな部屋に、

その音だけが響く。


何かを調べとる。


友ちゃんの匂いが、

少し変わっていく。


不安の匂いやった。


あの人も、

後ろから画面を見とる。


だんだん、

黙る時間が長うなっていった。


友ちゃんが、

ぽつんと言うた。


「なんでも分かっちゃうんだ……」


その声は、

細うて、

少し震えとった。


オイラには、

難しいことは分からへん。


せやけど、

あの黒い影が、

身体の奥で暴れとる嫌なもんと、

同じやいうことだけは、

何となく分かっとった。


あの人が、

オイラを見た。


「寅次郎……

お前、分かってるのか?」


オイラは、

少しだけ首を傾げた。


分かっとる。


でも、

うまく言えへん。


オイラは犬やから。


せやけど、

友ちゃんも、

あの人も、

やっと同じ景色を見始めた気がした。


「なんか言ってくれよ……」


あの人の声は、

今にも消えそうやった。


オイラは、

小さく息を吐いた。


それから、

しっぽを一回だけ、

ゆっくり動かした。


大丈夫やで。


ほんまは、

そう伝えたかった。


窓の外では、

風が吹いとった。


葉っぱの擦れる音。


季節が変わる音。


オイラは、

その音を聞きながら、

静かに目を閉じた。


光があるから、

影ができる。


きっと、

それは人も犬も同じなんやろなぁって、

ぼんやり思っとった。

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