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回想 金八ロード ― 風の教師

5月の風が、

川の向こうから吹いてきとった。


草の匂い。

土の匂い。

少し湿った水の匂い。


オイラは、

そういう風を嗅ぐんが好きやった。


堤防の上を、

友ちゃんと、

あの人と、

ゆっくり歩く。


ここを、

あの人は“金八ロード”って呼んどった。


いや、

正確に言うと――

“聖地”みたいに思っとった。


あの人、

相当な金八先生好きやったからな。


黒い箱で再放送が始まるたび、

「あ、この回神回」

とか言い出すし、


「ここで加藤がさぁ…」

とか、

「このシーンの武田鉄矢がさぁ…」

とか、

延々喋っとった。


友ちゃんなんか、

途中から

「また始まった」

って笑っとったくらいや。


オイラも、

何回も一緒に見せられた。


金八先生が、

河川敷を歩く。


生徒が走る。


夕陽。


土手。


あの音楽。


オイラ、

なんとなく覚えとる。


せやから、

ここへ来たときも、

あの人が妙に静かな理由、

ちょっと分かったんや。


昔は芝生ばっかりやったらしいけど、

今は綺麗な道になっとる。


遠くには、

空まで届きそうな大きな塔。


景色は変わった。


せやけど、

風の匂いだけは、

昔と変わらへん気がした。


「寅、ここが金八ロードだよ」


あの人が、

ちょっと嬉しそうに言う。


たぶん、

少年の頃の自分に戻っとったんやろな。


オイラは、

鼻を鳴らして前を向いた。


風が吹いて、

毛がふわっと揺れる。


友ちゃんが笑う。


「なんか、寅って先生っぽい」


あの人も笑う。


「うん。

風に立つ教師だな」


また始まった。


オイラは心の中で、

ちょっと笑った。


先生かぁ。


オイラ、

難しいことは分からへん。


せやけど、

寂しいときは隣におったし、

苦しいときは顔を舐めた。


嬉しいときは、

全力で一緒に喜んだ。


そういうのなら、

できた。


オイラは、

振り返らんと、

まっすぐ前を見とった。


遠くの塔。


流れる雲。


川の光。


全部、

風の中で揺れとる。


そのとき、

向こうから、

子どもらの声が聞こえてきた。


ボール追いかけて、

走り回っとる。


あの人は、

その光景を見ながら、

昔の黒い箱を思い出しとったんやろな。


まだ塔もなくて、

もっと草だらけやった頃。


金八先生が、

生徒と本気で向き合っとった時代。


せやけど今は、

オイラたちが、

同じ風の中を歩いとる。


違う時代。


違う景色。


でも、

風だけは続いとる。


オイラは、

川風の中で立ち止まった。


気持ちええ風やった。


ただ、

それだけや。


せやのに、

友ちゃんも、

あの人も、

静かにオイラを見とった。


たぶん、

言葉なんかいらんかったんやろな。


オイラは、

何か教えようとしてた訳ちゃう。


ただ、

そこにおっただけや。


ただ、

今日を生きとっただけや。


帰り道。


日が傾いて、

川が金色になっとった。


遠くの塔も、

夕陽で赤う染まっとる。


オイラは、

風上に顔を向けて、

また歩き出した。


その後ろを、

友ちゃんとあの人が歩いとる。


あの人は、

きっと思っとったんやろな。


――昔、

金八先生が歩いた風の中を、

今は寅が歩いとる。


時代は変わっても、

人を大事に思う気持ちは、

変わらへんのやって。


5月の風が、

やさしく吹いとった。


たぶん、

あれが、

オイラの教室やったんやろな

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