表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/39

第二十一章 ひまわり

オイラは、

ひまわりみたいな犬やったらしい。


よう分からへんけど、

友ちゃんも、

あの人も、

ようそう言うとった。


「寅って、太陽みたいだよねぇ」


って。


オイラはただ、

楽しい方へ、

嬉しい方へ、

まっすぐ歩いとっただけなんやけどな。


毎年夏になると、

オイラたちは北杜のひまわり畑へ行った。


見渡すかぎり、

黄色い花。


何十万本ものひまわりが、

同じ方向を向いて、

風に揺れとる。


空は真っ青で、

山の風は気持ちええ。


その中を歩くんが、

オイラは大好きやった。


梅雨が明けた朝。


いつものように、

みんなで車に乗り込んだ。


運転席には友ちゃん。


あの人は助手席で、

ときどき後ろを振り返って、

オイラを見て笑っとる。


「寅、ひまわり行くぞ」


その声を聞いて、

オイラは少し首をかしげた。


ひまわり。


その言葉だけで、

なんや胸がワクワクした。


せやけど――


今思えば、

このころからやったんかもしれへん。


身体の奥の、

小さな違和感。


まだ、

誰にも分からへんくらいの、

ほんの小さな変化。


北杜の丘に着くと、

風の中で、

無数のひまわりが揺れとった。


黄色。

緑。

青空。


それだけで、

夏が出来上がっとった。


友ちゃんは、

リードを持ちながら笑う。


「寅、写真撮ろっか」


オイラは、

ゆっくり歩き出した。


土の匂い。

草の匂い。

夏の熱気。


全部が懐かしくて、

全部が優しかった。


そのときや。


友ちゃんの空気が、

ほんの少し変わったんを、

オイラは感じた。


「あれ……?」


みたいな顔を、

一瞬だけしたんや。


あの人が、

「どうした?」って聞く。


友ちゃんは、

すぐ笑った。


「ううん、なんでもない」


せやけど、

オイラには分かった。


友ちゃん、

何か気づいたんや。


言葉にはせえへんかったけど、

撫でる手が、

いつもより少しだけ優しかった。


少しだけ、

確かめるみたいな手やった。


丘の真ん中で、

風が吹く。


一面のひまわりが、

ザァァ……って、

波みたいに揺れた。


その中で、

オイラの赤い毛が、

陽の光を弾いとった。


あの人は、

何枚も何枚も、

写真を撮っとった。


きっと、

綺麗やったんやろな。


せやけど、

なんでやろ。


あの日の空気には、

少しだけ、

終わりの気配が混ざっとった。


帰り道。


友ちゃんがハンドルを握りながら、

窓の外を見て言った。


「来年も、また来ようね」


あの人は、

当たり前みたいに頷いとった。


オイラも、

後ろの席で、

その声を聞いとった。


来年も来る。


きっとそうやと思っとった。


せやけど今思うと、

友ちゃんは、

もう気づき始めとったんかもしれへんな。


オイラの身体の、

小さな変化に。


バックミラーの向こうで、

オイラは静かに眠った。


車の揺れが気持ちよくて、

夏の風が、

少しだけ涼しかった。


遠くで、

ひまわり畑が小さくなっていく。


その寝息の奥に、

ほんの少しだけ混ざっとったんや。


まだ誰にも言えへん、

小さな、

小さな不安が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ