第二話
<数日後>
「はい」
コハクはトントンと病室にノックの音が聞えたため応答した。
ガラガラと病室のドアが開かれ見えた姿はシオンだった。
「やあ、断られたの着てしまったよ。差支えなければ、君の病室に顔を出していいか?」
そう言うシオンの手には差し入れであろう手土産をぶら下げている。
「既に着ておいて何をいってるんですか」
またもや不可解なもやもやするなんだかよくわからない感覚に陥る。
分かることは、シオンと同室にいるのはまずいということだ。
その正体も曖昧だし、来客を置いて病室を抜け出すのはおかしい。
ここでNOとピシッと突き放せば帰るだろうが、自分が我慢すればいいだけだと。
適当にもてなしさっさと帰ってもらおうと心に決める。
「勝手にしてください」
原因不明なもやもやもそうだが、シオンは好敵手だ、弱っている姿を見られたくなかった。
見ての通りベッドの上に自分がおり、外傷はないにせよ病人だ。
それも今さらだ、ただの意地だ、どうとでもなれと投げやりに思った。
「メロンを持ってきたんだが、食べられるか?」
シオンが適当な椅子に座り、差し入れのフルーツを出しながら言う。
そして話もそこそこにシオンはメロンを剥き始める。
俺は特に好き嫌いはないし、メロンも例に違わず食べられた。前までは。
拒食症になってから来客からの差し入れというのもなかったし、折角買ってきてくれたのだし、食べれないと言うのは失礼だとも思ったし、フルーツは試していなかったから食べられるかもしれないというわずかながらの願いがあった。
コハクが返答せず考えている間に、シオンは黙々と手を進めていたらしい。
メロンをカットするために刃を差し込むと、抑えられていたであろう果汁独特の強い臭いと、それに混ざって嗅いだ事のない匂いがコハクの鼻腔に届いた。
「……うぅ、」
非常に強烈でシオンに構う余裕もなく、刺激にも近い臭いに吐き気を催した。
コハクにとってとても耐えられる臭いではなく、この部屋から一目散に出なければ狂ってしまうと思い、すぐに鼻をつまんでスリッパも履かず病室から出ようとする。
「コハクくん?!どうしたんだ!待ってくれ」
そんなシオンの声はコハクには届かず病室から洗面所へと向かって飛び出した。
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「げぇぇぇえ、ゲホ、ぁ、ぐげぇ……」
既に腹の中に食べ物のカケラ一つない。
出すものなく逆流した胃液だけを洗面所で吐く。
「う、……うぇええぇ、ぐ、げぇぇえ、うぅ、……う、」
病室から出たからだろう、数秒で幾分かマシにになった。
フルーツがダメだったのだろうか。
今は匂いが充満しているだろうから病室に戻れない。
そう考えていたら、追いかけてきたシオンが顔を出した。
「コハクくん、気持ち悪いのか?医者を呼んできた方がいいか」
シオンにとっては俺がいきなり体調を崩した理由が分からないのだろう、オロオロしながら聞いてくる。
「いえ、う、……オエエェェ」
その問いに答えようとしたのだが、再び吐き気が再発した。
シオンの手にはフルーツの匂いが付着しているからだろうか。
まるでシオンを見て吐いたように見えるだろう。
臭いがダメだと伝えたいのに、しゃべったら吐きそうなので伝えられない
シオンから離れたいが、逃げても追ってくるだろう。
「どうしたんだ?」
シオンが決断しかねている時、洗面所はコハクとシオンの二人きりだったのだが、そこに男が入ってきた。
気持ち悪いしんどさが続きながらも声に反応してそちらへ振り返と白衣を着ているので医師だと分かった。
「差し入れにとメロンを剥いていたら突然、吐き気を催したようなんだ」
俺が喋れるような状況ではないのでシオンが説明する。
「彼は拒食症だ。知らずにそんなことをしたのか?」
医師は俺の主治医ではないのに、俺の顔も症状をも知っていたらしい。
だが言い方がキツイ。
医師の口から出た言葉はまるでシオンを攻めるようないいぶりだ。
(違う、シオンが悪いんじゃない、俺が伝えなかったから……)
そうシオンを庇いたいのに、しゃべったら絶対吐いてしまう。
「きっと君自身に付着したメロンの匂いが吐き気の原因だ、洗い流せば吐き気は収まるだろう」
そう医師は的確に指摘すると目の前の、コハクの使っているものとは別の洗面台でシオンはすぐさま手を洗った。
だが俺はまだふんわり匂う臭いに苦しめられていた。
「コハク君、済まない、また出直してくるよ」
俺が苦しんでいる姿が耐えられなかったのか、シオンの手以外の場所や服にフルーツの果汁が知らず知らずに飛び散っている可能性にたどり着いたのか、そう言ってシオンは出て行った。
「……はーーー、はぁ、…ぁ。…ん、」
シオンが出て行ったあと、ひどい吐き気がマシになり、代わりに倦怠感が襲う。
嘔吐はキツイ腹筋運動をしてるも同じでひどく疲れる。
さらに絶食5日が経っており、栄養不足な身体でフラフラする。
洗面所から顔を上げることができない俺を、いつの間にか医師は鼻栓を持ってきていたようで顔を少し持ち上げられ鼻に鼻栓を付けられた。
「これでどうだ?だめなら吐き気止めを打つ」
医師が身体を触りその場で脈や顔色をチェックしながら言う。
「…ぇ、ぁ、はっ、ァ、ぇ、げェええ、……あ、りがとう、ございます……」
吐き気が収まったのだろうか、気持ち悪さは残るが耐えられないほどではなくなったので、謝罪の言葉を言うことができた。
嘔吐との葛藤ゆえに鳥肌が立ち、身体から汗が噴き出てボーっとする。
疲れた。
「吐き気止めは必要なさそうだな、シャワー室の使用許可を出しておくから使ってきたらいい、歩行補助は必要か?」
医師が聞いてくる。
俺の服に身体にも匂いがこびり付いてしまった可能性から吐き気は原因となる臭いが無くなれば納まると分かったのだろう、気が回る医師だと思った。
「いえ、一人で行けます」
「そうか、分かってるだろうがシャワーの前に水分補給は怠るな」
我ながらキツそう声が出たので、着いてこられるかと思ったが医師がそう言い出ていった。
人の気配が無くなり、がくんと膝を折る。
吐き気もずいぶん落ち着いた。
目を閉じると無数の濁った点の浮かぶ。万華鏡のようにその点は這いずりまわり気持ち悪い。
しばらく洗面所で休みたい気持ちはあったが、吐き気を完全に止めるためには体を洗い流し服を取り換える必要があるだろうという推測の元、壁伝いに緩い足取りでシャワー室に向かった。
ここまでひどい吐き気を経験したことが無かった。
ゲロまみれの風呂に入れられたような感覚だった。
鼻をつまんでも小さな隙間から入り込んでしまうようで匂いがする。
鼻を取っ払ってしまいたほどだった。




