新聞代をお願いします
家の暮らしは、厳しかった。
米を中心に、田んぼと畑で作物を育てる。源蔵も日雇いの土木仕事に出ていた。それでも、家族が暮らしていくには十分ではなかった。
イネも、時間があれば働きに出た。家から五キロほど離れたドライブインの洗い場だった。歩いて通い、食器を洗う。帰ってくれば、また家の仕事が待っている。
浩二は、家にお金がないことを何となく感じていた。
けれど、中学生の浩二にとって、それは大人の事情でもあった。
友達と遊びたい。部活動に打ち込みたい。休日くらい、何も考えずに過ごしたい。
そんな気持ちの方が、正直なところ大きかった。
中学生になった浩二と和也には、地元新聞の集金の仕事が割り当てられた。
月末近くの土日。二人は自転車に乗り、三つの村にあるおよそ五十軒の家を回った。
集金袋と領収書を持ち、家々の軒先を訪ねる。
「新聞代をお願いします」
その言葉を口にするのが、浩二は嫌だった。
自転車を止め、玄関先に立つ。家の中から人が出てくるまで、じっと待つ。知っている人の家だと、余計に気が重くなった。
「浩二くんか。ちょっと待ってな」
そう言われると、浩二は小さくうなずいた。
何をするでもなく、玄関先で待っている。手持ち無沙汰で、視線の置き場にも困った。
ときには、大人の目が気になることもあった。
集金に来た浩二を見て、少し表情を変える人がいた。気の毒そうな顔。何かを察したような、憐れむような目。
「大変じゃなあ」
そんな言葉をかけられることもあった。
相手に悪気がないことは、浩二にも分かっていた。
それでも、嫌だった。
何が大変なのだろう。自分は、そんなにかわいそうなのだろうか。
家が苦しいことを、わざわざ人の目で確かめられているような気がした。
同情されるくらいなら、何も言わずに新聞代を払ってくれればいい。
そんなことを思いながら、浩二は受け取ったお金を集金袋にしまった。
友達の家もあった。
同級生の家の前に自転車を止めると、胸のあたりが落ち着かなくなった。
できれば、友達には会いたくなかった。
自分が新聞代を集めていることを知られたくない。何となく、格好悪いと思っていた。
家の人が出てくる。
「新聞代をお願いします」
声が小さくなる。
代金を受け取り、領収書を渡す。頭を下げて、自転車に戻る。
その一連の動作を、浩二は早く終わらせたかった。
自転車をこぎながら、腹立たしい気持ちになることもあった。
どうして自分が、こんなことをしなければならないのだろう。
月末の土日くらい、友達と遊びたい。部活の仲間と過ごしたい。家のことばかりで、どうして自分まで我慢しなければならないのか。
そんな思いが、頭の中をよぎった。
家が苦しいことは分かっていた。
母が朝から晩まで働いていることも、祖父が日雇いの仕事に出ていることも知っていた。祖母だって、家のことをしながら働いている。
それでも、納得できない気持ちは消えなかった。
分かっていることと、我慢できることは違う。
浩二は、誰にもそんな気持ちを話さなかった。
口にすれば、わがままだと言われる気がした。家族が頑張っているのに、自分だけが不満を言うのも違うと思った。
だから、黙って自転車をこいだ。
集金したお金を新聞販売店へ納めに行くと、お駄賃をもらえた。
そのときは、素直に嬉しかった。
嫌な仕事だったけれど、最後までやった。お金を受け取ると、自分の働きが認められたような気がした。
何に使ったのかは、もう覚えていない。
ただ、もらったときの嬉しさは、今もどこかに残っている。
大人になった浩二は、仕事をするようになった。
気が進まない仕事もある。面倒な仕事もある。誰かが嫌がる仕事を引き受けなければならないこともある。
そんなとき、浩二は思う。
誰かがやらなければならないのなら、自分がやる。引き受けた以上は、きちんとやる。面白くなくても、目立たなくても、手を抜かない。
もちろん、いつも前向きだったわけではない。面倒だと思うこともあるし、愚痴をこぼしたくなることもある。
それでも、仕事を投げ出すことはしなかった。
人が嫌がる仕事をしているからといって、その人を憐れむような目で見ることもしたくなかった。
あの頃の自分が、そうだったからだ。
月末近くの土日。自転車に乗り、三つの村の家々を回った。
恥ずかしかった。嫌だった。友達と遊びたかった。
何より、かわいそうな子どもだと思われるのが嫌だった。
あの頃の浩二には、家のために働くことの意味も、まだ十分には分かっていなかった。
ただ、嫌な仕事でも、最後までやるしかなかった。
今になって思えば、あの経験は、自分の仕事に対する姿勢の根底に流れている。
あの頃の自分を、少しだけ誇らしく思う。
そして、あのとき玄関先で感じた悔しさを、浩二は今も忘れていない。




