迎えを待つ夜
浩二は、剣道を習っていた。
稽古が終わるのは夜の八時。母ちゃんが車で迎えに来てくれることになっていた。
家のカレンダーには、母ちゃんの字で「こうじ、むかえ」と書いてある。
忘れないように、ちゃんと書いてくれている。
それでも、母ちゃんは迎えを忘れることがあった。
農作業もあるし、家のこともある。弟たちの世話だってしなければならない。母ちゃんが忙しいことは、浩二にも分かっていた。
それでも、何度目のことだろう。
稽古が終わると、浩二は竹刀と武具をまとめ、高松小学校の門のところで母ちゃんの車を待った。
一人、また一人と、子どもたちが迎えの車に乗って帰っていく。
「浩二、まだ迎え来ないのか?」
誰かが声をかけてくれる。
「うん。でも、もうすぐ来るから」
浩二はそう答えた。
車のライトが見えるたびに、母ちゃんの車かと思って目を向ける。けれど、どの車も通り過ぎていく。
八時を過ぎ、十五分ほどたった。
もう、来ないかな。
そう思いながらも、もう少しだけ待ってみる。
誰かが「乗せていこうか」と声をかけてくれることもあった。
「大丈夫。もうすぐ来るから」
浩二は断った。
母ちゃんが来るかもしれない。そう思っていたかった。
けれど、やっぱり来なかった。
「またか」
浩二は小さくつぶやいた。
竹刀と武具を肩に担ぎ、歩き始める。
家までの道は、何度も歩いたことがある。昼間なら何でもない道なのに、夜は違った。
街灯もほとんどなく、周りは暗い。足元に気をつけながら、一人で歩いていく。
竹刀が肩に当たる。武具も重い。
歩き慣れた道なのに、その夜はずいぶん長く感じた。
どうして、いつも自分だけなんだろう。
ほかの子は、みんな迎えに来てもらっている。稽古が終われば、車に乗って帰っていく。
どうして自分だけ、暗い道を歩いて帰らなければならないんだろう。
母ちゃんが忙しいことは分かっている。わざと忘れているわけではないことも分かっている。
カレンダーにまで書いてくれているのだから、迎えに来ようとは思ってくれているのだろう。
それでも、寂しかった。
本当は、母ちゃんに迎えに来てほしかった。
そんな夜、剣道の先生が声をかけてくれることがあった。
体育館を閉め、先生も自転車に乗って帰るところだった。
「浩二、今日もか?」
先生は、そう言って浩二の横に来る。
「うん」
浩二は、少し照れくさそうに答える。
先生はそれ以上、何も聞かない。
自転車を押しながら、浩二と一緒に歩いてくれる。
橋のたもとまで。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「うん。ありがとう」
先生と一緒に歩いている間は、少しだけ寂しさが紛れた。
一人で歩く暗い道も、誰かが隣にいてくれるだけで、ずいぶん違って感じられた。
先生は、いつものように自転車を押して帰っていく。
浩二は、その後ろ姿を見送ってから、また一人で歩き始めた。
母ちゃんを責めたいわけではなかった。
母ちゃんが一生懸命働いていることも知っている。自分たちのために、朝早くから動いていることも分かっていた。
それでも、迎えに来てほしかった。
ただ、みんなと同じように、稽古が終わったら迎えの車に乗って帰りたかった。
家に着いたら、母ちゃんに何と言おう。
「また忘れたの?」
そう言いたい気もした。
でも、きっと言えない。
浩二は竹刀と武具を担ぎ直し、暗い道を歩いていった。
その夜も、先生の優しさに少し救われながら、家までの道を帰った。




