↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/7

迎えを待つ夜

浩二は、剣道を習っていた。


稽古が終わるのは夜の八時。母ちゃんが車で迎えに来てくれることになっていた。


家のカレンダーには、母ちゃんの字で「こうじ、むかえ」と書いてある。


忘れないように、ちゃんと書いてくれている。


それでも、母ちゃんは迎えを忘れることがあった。


農作業もあるし、家のこともある。弟たちの世話だってしなければならない。母ちゃんが忙しいことは、浩二にも分かっていた。


それでも、何度目のことだろう。


稽古が終わると、浩二は竹刀と武具をまとめ、高松小学校の門のところで母ちゃんの車を待った。


一人、また一人と、子どもたちが迎えの車に乗って帰っていく。


「浩二、まだ迎え来ないのか?」


誰かが声をかけてくれる。


「うん。でも、もうすぐ来るから」


浩二はそう答えた。


車のライトが見えるたびに、母ちゃんの車かと思って目を向ける。けれど、どの車も通り過ぎていく。


八時を過ぎ、十五分ほどたった。


もう、来ないかな。


そう思いながらも、もう少しだけ待ってみる。


誰かが「乗せていこうか」と声をかけてくれることもあった。


「大丈夫。もうすぐ来るから」


浩二は断った。


母ちゃんが来るかもしれない。そう思っていたかった。


けれど、やっぱり来なかった。


「またか」


浩二は小さくつぶやいた。


竹刀と武具を肩に担ぎ、歩き始める。


家までの道は、何度も歩いたことがある。昼間なら何でもない道なのに、夜は違った。


街灯もほとんどなく、周りは暗い。足元に気をつけながら、一人で歩いていく。


竹刀が肩に当たる。武具も重い。


歩き慣れた道なのに、その夜はずいぶん長く感じた。


どうして、いつも自分だけなんだろう。


ほかの子は、みんな迎えに来てもらっている。稽古が終われば、車に乗って帰っていく。


どうして自分だけ、暗い道を歩いて帰らなければならないんだろう。


母ちゃんが忙しいことは分かっている。わざと忘れているわけではないことも分かっている。


カレンダーにまで書いてくれているのだから、迎えに来ようとは思ってくれているのだろう。


それでも、寂しかった。


本当は、母ちゃんに迎えに来てほしかった。


そんな夜、剣道の先生が声をかけてくれることがあった。


体育館を閉め、先生も自転車に乗って帰るところだった。


「浩二、今日もか?」


先生は、そう言って浩二の横に来る。


「うん」


浩二は、少し照れくさそうに答える。


先生はそれ以上、何も聞かない。


自転車を押しながら、浩二と一緒に歩いてくれる。


橋のたもとまで。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」


「うん。ありがとう」


先生と一緒に歩いている間は、少しだけ寂しさが紛れた。


一人で歩く暗い道も、誰かが隣にいてくれるだけで、ずいぶん違って感じられた。


先生は、いつものように自転車を押して帰っていく。


浩二は、その後ろ姿を見送ってから、また一人で歩き始めた。


母ちゃんを責めたいわけではなかった。


母ちゃんが一生懸命働いていることも知っている。自分たちのために、朝早くから動いていることも分かっていた。


それでも、迎えに来てほしかった。


ただ、みんなと同じように、稽古が終わったら迎えの車に乗って帰りたかった。


家に着いたら、母ちゃんに何と言おう。


「また忘れたの?」


そう言いたい気もした。


でも、きっと言えない。


浩二は竹刀と武具を担ぎ直し、暗い道を歩いていった。


その夜も、先生の優しさに少し救われながら、家までの道を帰った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。