皆さま、同じお答えでした
「侯爵閣下。一つ、伺ってもよろしいでしょうか」
「何なりと」
閣下の声は低く、少しも揺れていなかった。
「閣下にも、妹君がいらっしゃいますね。兄というものは、婚約披露の宴で、婚約者より妹を先に入場させるものでしょうか」
広間が、しんとした。
さっきまで扇の陰で囁いていた夫人たちも、給仕の盆の上で触れ合っていた杯も、音を立てなくなった。
侯爵閣下は、答えなかった。黙ったまま、後ろに付いてきた妹君のほうを振り返った。
ヘドヴィグ夫人は扇を閉じ、甥の顔をまっすぐに見た。
「兄は、一度もわたくしを先にしたことはありませんでしたよ。わたくしが今のミルテと同じ年で母を亡くしたときもね」
夫人の声は、広間の隅までよく通った。
「父も早くに亡くなっていましたから、わたくしの婚約披露の宴で、控えの間でわたくしの手を婚約者に渡してくれたのは、兄でした。少しも迷わずに」
侯爵閣下が、短く頷いた。
「妹の言うとおりだ。兄とは、そういうものではない」
エリアス様の顔から、笑みが抜け落ちた。父君と叔母君の口から同じ答えが続けて出るとは、考えたこともなかった顔だった。ミルテ様は兄君の腕にしがみついたまま、叔母君のほうを見ようとしなかった。
「私も、ヴェスティン嬢に聞かれたことがある」
低い声がして、客の間から、葡萄酒色の上着が進み出た。リンドホルム公爵閣下だった。
「約束のことと、花嫁の品のことを。妹が五人いるが、答えは同じだ」
公爵閣下の後ろで、妹様たちが頷いた。ヨンナ様は、頷くだけでは気が済まなかったらしい。
「同じです!」
エッバ様の隣で、大柄な旦那様も黙って一つ頷いた。五人の妹のいる家に後から加わった方も、どうやら同じ答えらしかった。
「き、君は」
エリアス様が、私を振り向いた。
「君は一人っ子だから、分からないんだ」
「はい」
私は頷いた。
「分からないので、分かる方に伺いました。妹様が五人いらっしゃる公爵閣下と、その妹様方と、侯爵閣下と、侯爵閣下の妹君に。皆さま、同じお答えでした」
どこかで、扇がぱちんと閉じる音がした。それが合図だったかのように、広間のあちこちで咳払いが続いた。どれも、笑いを隠すための咳払いだった。
咳払いの合間に、囁きが戻ってきた。
「うちの兄が、私の宴で妹の手なんか取ったら……」
「取らないわよ。取ったら、私が先に帰ってるわ」
「兄とは、そういうものではない、ですって」
白い髭の老伯爵が、隣の連れに「わしには妹が三人おるがな」と言いかけて、連れの夫人に袖を引かれていた。
エリアス様は、助けを探すように広間を見回した。目の合った客は皆、そっと目を逸らした。兄のいる方も、妹のいる方も、この広間には大勢いた。エリアス様の言う兄を知っている方は、どうやら一人もいないようだった。
侯爵閣下が、ミルテ様の前に立った。
「ミルテ。それを外しなさい」
「嫌よ、お兄様がくださったの! お兄様!」
ミルテ様が兄君の腕にすがりつき、エリアス様が妹の肩を抱こうと手を伸ばした。その手首を、ヘドヴィグ夫人の閉じた扇が、ぴしりと打った。
「エリアス。今夜くらいは、妹より先に、自分のしたことを見なさい」
侯爵閣下は、娘の胸から、自分の手でブローチを外した。留め金が外れる小さな音が、私のところまで聞こえた。
「これは、お前の物ではない。エリアスが勝手に渡してよい物でもない」
閣下はブローチを掌に載せて一度だけ見下ろし、上着の内側にしまった。久しぶりに見る家の品を、こういう形で手に取ることになるとは、閣下も思っていなかっただろう。
それから閣下は父の前まで来て、深々と頭を下げた。
「ヴェスティン。当家の不始末だ。この婚約は、こちらの非で解かせてほしい。明日、署名に伺う」
父は、いつものように短く答えた。
「承知した」
父の声は、普段より一段低かった。
静まった広間に、ミルテ様の泣き声だけが残った。今夜は、それに駆け寄る人は一人もいなかった。
* * *
宴は、それで終わった。
客が一組ずつ挨拶をして帰っていくあいだ、私は父の隣で礼を返し続けた。母が客の間から来て、黙って私の手を握った。
父と母と、大広間を出た。玄関へ下りる階段の下に、葡萄酒色の上着が立っていた。妹様たちの姿はない。エッバ様が、旦那様方と一緒に、先に広間から連れ出したらしい。
「質問の答えは、揃ったか」
公爵閣下が言った。
「はい。全部、同じでした」
「そうか」
閣下は、それ以上は聞かなかった。父と母に一礼してから、私の顔を見た。
「私にも、聞きたいことが一つある。だが、今夜ではない」
父が、横で一度だけ咳払いをした。
帰りの馬車の中で、父はずっと窓の外を見ていた。屋敷の門が見えたところで、窓のほうを向いたまま、父は言った。
「……知らなかった。すまない」
私は首を振った。話さなかったのは私だった。父に聞いても分からないと決めたのも、私だった。
母が、父と私の膝の上に、自分の手を一つずつ置いた。




