席次は、私が決めます
その日の午後、公爵家の家事室の机の上に、白い名札が十四枚並んでいた。
次の家族の夕食に着く人の数だ。閣下、私、五人の妹様、ベルティル様、サンデル先生、ニクラス様、オッレ。シャスティン夫人。それから、父と母。
最後の名札を揃えながら、夫人が言った。
「お客様の席は、家の差配をする者が決めるのよ」
夫人は、名札の束を私の前に押した。
「来年から、この家の差配をするのは、あなた。だから、今度の席次は、あなたが決めなさい」
侍女頭が、長いテーブルの図を広げた。食堂の、いつものテーブルだ。奥に閣下の席があり、そこから左右に席が並んでいる。
私は、名札を一枚ずつ手に取った。
(それは、誰に聞けば分かるのかしら)
いつものように、そう考えかけた。
席次のことなら、典礼局のニクラス様が一番詳しい。この家の食卓のことなら、夫人と侍女頭が知っている。閣下に聞けば、閣下はきっと答えてくださる。
けれど、今度の席次で一番大事なのは、父と母がどこに座るかだった。
父のことを一番よく知っているのは、この家の誰でもなかった。
私だった。
生まれてからずっと、父と母と三人で食卓に着いてきたのは、私だ。父が自分からはほとんど話さないこと。けれど、聞かれたことには、必ず答えること。答えは短いけれど、嘘は言わないこと。それを知っているのは、この王都で、母と私だけだ。
初めて、聞く相手がいなかった。
私は、名札を二枚、手に取った。
「父は、ヨンナ様の隣にしてください」
夫人の眉が、少しだけ上がった。
「前例では、花嫁の父君の席は、当主の右よ。アクセルの隣」
「存じております」
私は、テーブルの図の上に、父の名札を置いた。ヨンナ様の名札の隣に。
「けれど、閣下の隣では、父は一晩じゅう黙っていると思います。閣下も、口数の多い方ではありませんので。二人で黙ったまま、デザートまで行ってしまいます」
侍女頭が、帳面で口元を隠した。
「ヨンナ様は、この家で一番たくさん質問をなさる方です。父は、聞かれたことには必ず答えます。自分からは話しませんが、聞かれれば話します」
この前、父は書斎で、閣下に聞かれて、門の前まで行った話をした。
「ですから、父の隣には、一番たくさん聞いてくださる方に座っていただきたいのです」
夫人は、黙ってテーブルの図を見ていた。
「伯爵夫人は」
「母は、夫人のお隣に」
私は、母の名札を、夫人の名札の隣に置いた。
「夏の終わりの王宮の舞踏会で、母は夫人とすぐに打ち解けていました。夏の庭のお話の続きを、まだ伺っていないと、母が言っていましたので」
夫人の目元が、少しだけゆるんだ。
「……あの方、薔薇の接ぎ木の話の途中だったわね」
それから、残りの名札を、私は一枚ずつ置いていった。ヨンナ様のもう片方の隣は、エッバ様。ベルティル様とオッレは、その向かい。サンデル先生はカーリン様の隣。ニクラス様はマーヤ様の隣。席次を改めた方の席は、もう決まっている。ソフィ様は、閣下の左。閣下の右は、私。
最後の一枚を置き終えて、私は図から顔を上げた。
夫人の目が、図の上を端から端まで往復した。
「理由まで言える席次は、良い席次よ」
夫人は、そう言って、名札の並びを侍女頭のほうへ押した。
「これで書きなさい」
「かしこまりました」
侍女頭が、ペンを取って、名札に一枚ずつ名前を書き始めた。最初に書いたのは、ヴェスティン伯爵、だった。
私は、侍女頭のペンの先を見ていた。
誰にも聞かずに何かを決めたことは、思い出せる限り、一度もなかった。
そう決めるのは、思っていたほど怖くなかった。
家事室の扉が叩かれて、閣下が顔を出した。叔母君に用があったらしい。閣下は、机の上のテーブルの図に目を留めて、そのまま眺めていた。
「伯爵は、ヨンナの隣か」
「はい。私が決めました」
閣下は、図の奥の、自分の名札の右隣を指でたどった。
「……私の右は、君か」
「はい」
私は、少し考えてから言い足した。
「来年からも、そのつもりです」
閣下は何も言わなかった。けれど、扉を閉めて出ていくとき、廊下で家令に何か言いつける声が、いつもより少しだけ明るかった。夫人が、扇を開いて、その陰で長い息を吐いた。
* * *
伯爵家に帰ると、母が居間で待っていた。
「お父様がね、リンドホルム家からの招待状を、もう三度読んでいるの」
母は、楽しそうに言った。
「一度目は書斎で、二度目は朝食のときに、三度目はさっき、玄関で。何が書いてあるのか、もう全部覚えているはずなのに」
夕食のとき、父は、いつものように何も言わなかった。ただ、一度だけ私のほうを見て、聞いた。
「……隣は、誰だ」
父が、自分から私に何かを聞くのは、珍しかった。
「ヨンナ様です。公爵家の末の妹様です。たくさん質問をなさる方です」
父は、黙って頷いた。それから、スープを一口飲んで、もう一度、頷いた。
その晩、父の書斎の灯りは、夜中まで消えなかった。
何を言うかではなく、何を聞かれるかを考えていたのだと、翌朝、母が教えてくれた。




