ヨンナは、春に港町へ行く
次の家族の夕食は、全員が揃った。
閣下と私。エッバ様とベルティル様と、父君の膝の上のオッレ。カーリン様とサンデル先生。マーヤ様とニクラス様。ソフィ様。それから、私の隣に、ヨンナ様。
ヨンナ様は、今夜も私の隣に座りたいと言った。ただ、冬のはじめの夕食のときとは、顔が違った。言えないことを抱えた顔ではなかった。何が起きるのか分からなくて、待っている顔だった。
閣下は、まだ誰にも何も言っていなかった。私にも、言わなかった。ただ、図書館から帰った晩に、書斎で数えることがあると言い、その翌朝、家事室で何かを言いつけたらしい、とソフィ様の手紙にあった。
スープが運ばれてきた。いつものように、話が四方から飛んだ。
スープの皿が下げられたところで、閣下がグラスを置いた。
食卓が、すっと静かになった。
夏の二度目の夕食で、私が鴨の皿のあとにナプキンを下ろしたとき、食卓はこんなふうに静かになった。今夜それをしたのは、閣下だった。
オッレだけが「しーっ」と言って、エッバ様に頭を撫でられた。
「皆に、伝えることがある」
閣下は、テーブルの端から端までを見渡した。最後に、私の隣のヨンナ様のところで、目が止まった。
「ヨンナは、春に、ローセヴィークへ行く」
低い声が、テーブルの端まで届いた。
「王立植物園の分園で、イングリッド・ローヴ殿の弟子になる。一年だ」
食卓の誰も、口を開かなかった。
閣下は、少しだけ間を置いた。
「ヨンナの部屋は、そのままにしておく。いつ帰ってきてもいいように」
ヨンナ様の手が、テーブルの下で、私の袖をつかんだ。
泣かないと決めていたのだと思う。ヨンナ様は唇を噛んで、まっすぐ兄君の顔を見ていた。三つ数えるまでは持った。四つ目で、目の端から一粒こぼれた。それから、もう止まらなくなった。
沈黙を破ったのは、エッバ様だった。
「知ってたわよ」
エッバ様は、オッレの口元を拭きながら、あっさりと言った。
「この子、秋から、夕食のたびに港の話をしてたもの。船は何日で着くのとか、港町の冬は寒いのとか。気づかないほうがおかしいわ」
「エーミルが黙ってたのも、全部知ってた」
カーリン様が、隣の夫を見た。
「夏に、絵を包んで出していたでしょう。誰宛てかも見たわ。聞かなかっただけ」
「……聞かれませんでしたので」
サンデル先生が、小さな声で言った。カーリン様が、夫の腕を軽く叩いた。
「待って」
マーヤ様が、ナイフを置いた。
「春って、あたしの婚礼も春よ。あたしとヨンナが、同じ春にいなくなるの?」
「同じ月ではない」
閣下が言った。
「同じ春よ。お兄様、それ、ちゃんと数えた?」
「数えた」
マーヤ様の唇が動きかけて、閉じた。向かいのヨンナ様に、目が移った。
「……ヨンナ。あたしの婚礼には、出てから行きなさいよ」
「出る」
ヨンナ様は、泣きながら言った。
「港町の噂、全部手紙に書いてね」
ソフィ様はそう言ってから、声を一段低くした。
「誰がどこに立ってたかも。わたし、港町の人の立ち方は知らないから」
「ローセヴィークか!」
ベルティル様の声が、今夜初めて天井に当たって跳ね返った。
「港の魚はうまいぞ。若い頃に一度行った。オッレ、ヨンナ叔母さんに会いに、船を見に行こうな」
「ふね!」
オッレが、パンを放り出して手を叩いた。
「ヨンナ、どこいくの?」
「港。船の来るところ」
ヨンナ様が、涙を手の甲で拭きながら答えた。
「オッレもいく」
「オッレは、もう少し大きくなってからだ」
ベルティル様が息子の頭を撫でると、オッレは不満そうに頬をふくらませて、それから、ヨンナ様の皿にパンを一つ置いた。餞別のつもりらしかった。
ニクラス様は、皆の話が一巡りするまで黙っていた。それから、上着の内側から小さな帳面を出した。
「失礼いたします。ご家族の旅立ちの前例として、典礼局の帳面にない形ですので、書き留めてもよろしいでしょうか」
「何をだ」
「当主が、家族の夕食の席で、妹君の旅立ちと、お部屋をそのまま残すことを告げた、と」
閣下は、少しだけ目元をゆるめた。
「前例にしろ」
ニクラス様は、大真面目な顔で帳面に書きつけた。マーヤ様が、その手元を横から覗き込んでいた。
食卓の話が、少しずつ四方へ戻っていった。ヨンナ様は、まだ私の袖をつかんでいた。それから、袖を離して、兄君のほうへ身を乗り出した。
「お兄様」
「何だ」
「……行けって、言わないの?」
ヨンナ様が一番怖がっていたことだった。行けと、すぐに言われること。
閣下は、首を横に振った。
「言わない」
閣下は、ヨンナ様の顔を見て言った。
「お前が、行くと言った。私は、帰ってくる部屋のことを言った」
ヨンナ様は、また泣いた。今度は、笑いながらだった。
私は、ヨンナ様の隣で、テーブルの向こうの閣下を見ていた。
兄というものは、妹の行き先を決めるものではないのかもしれない。妹が自分で決めた行き先から、帰ってくる場所を、ちゃんと持っているものなのかもしれない。
* * *
デザートの後、皆が席を立ち始めたころ、閣下が私の椅子の横に来た。
「ノーラ」
「はい」
閣下は、少しだけ声を落とした。
「次の夕食に、君の父上と母上を招いてもいいか」




