知らせを写す(エリアス視点)
ミルテの手紙は、七日に一度の私信の袋の、一番上に入っていた。
王都から来る袋は、こちらから出す袋と逆で、私信が上になる。公の書状は、袋を開ける前に書記官が抜いてしまうからだ。だから、ミルテの手紙は一番上だった。久しぶりに、ミルテが一番上だった。
叔母上の屋敷から、三通目の手紙だった。
お兄様、お元気? ミルテは元気じゃないわ。叔母様のお屋敷は、冬になったら、ますます朝が早いの。暖炉の薪も、叔母様が数えて決めるのよ。
お兄様、異国の都には、きれいなリボンがあるでしょう。青いのがいいわ。ミルテに、送って。
それから、二枚目の終わりに、一行だけ、字の違う段落があった。急いで書いたような字だった。
叔母様が、ノーラ様と公爵様が婚約したって、話していたわ。王都から手紙が来たんですって。ずるいわ。ミルテは、まだ社交界にも出ていないのに。
僕は、その一行を三度読んだ。
ノーラが、婚約した。
公爵様、というのは、宴の晩に客の間から進み出てきた、あの葡萄酒色の上着の男のことだろう。妹が五人いるが、答えは同じだ、と言った男だ。
ずるい、とミルテは書いていた。何がずるいのか、僕には分からなかった。ノーラは、何もずるいことはしていない。ノーラは、いつも何も欲しがらない人だった。
それなのに、どうして、あの男と。
* * *
ある日の午後、公使館の書記の部屋に、王都から届いた知らせの束が回ってきた。
王都の貴族の家々で起きたことを、ひと月分まとめた束だ。婚礼、葬儀、爵位の継承、宴。公使は、それを手元に置いて、隣国の都の貴族と話すときの種にする。束は一部しか届かないので、書記が写しを作る。
「エリアス殿。こちらの三枚を」
ヴァリーン書記官が、僕の机に紙を三枚置いた。いつもと同じ、手続きの順に並んだ声だった。
一枚目は、ある伯爵家の葬儀の知らせだった。二枚目は、ある子爵家の跡継ぎの届けだった。
三枚目を見て、僕の手が止まった。
リンドホルム公爵家にて、婚約披露の宴。リンドホルム公爵アクセル閣下と、ヴェスティン伯爵家ノーラ嬢。
その下に、宴の次第が、典礼局の写しの書き方で並んでいた。
広間の奥にて、当主に代わり、先代公爵の妹君シャスティン夫人が客を迎える。公爵家の令嬢方とその夫君は、その横に並び、客を迎える側に立つ。花嫁の父ヴェスティン伯爵、控えの間にて花嫁を花婿に引き渡す。婚約した二人、客の揃いし後、最後に並んで入場。
最後に、並んで入場。
僕は、ペンを取った。写すのが、僕の仕事だった。
広間の奥にて。花嫁の父、控えの間にて。
婚約した二人、最後に、並んで。
ペン先が、紙の上で止まった。
あの晩、僕は、誰と入ったんだっけ。
知っている。ミルテだ。ミルテが、一人で入るのは寂しいと言ったから。妹が先だと思ったから。ノーラには、伯爵と入ってくれ、と言った。
ノーラは、あのとき、今夜の主役は婚約した二人だと伺っています、と言った。
僕は、それに何と答えたんだっけ。
一人っ子の君には、分からないよ。
僕は、ペンを握り直した。
ノーラは、あのとき、分かってくれなかった。分かってくれていたら、あんなことにはならなかった。ミルテが寂しいのを分かってくれていたら、父上も叔母上も、あんなふうには言わなかったはずだ。
ずっと、分かってくれると思っていた。
いつの間にか、分かってくれなかった、に変わっていた。
僕は、続きを写した。婚約した二人、最後に並んで入場。両家の当主、婚約を告げ、杯を上ぐ。
写し終えた紙を、ヴァリーン書記官が手に取った。書記官は、一行ずつ指でたどって、最後のところで止まった。
「書き直しです」
「どこが」
「ここと、ここ。字が乱れています。公の写しですので」
見ると、並んで、のところで、字が右に流れていた。最後に、の字が、二度書きになっていた。
書記官は、紙を僕の机に戻した。
「最初から、お願いします。公使閣下が、今夜お読みになります」
僕は、新しい紙を出した。
リンドホルム公爵家にて、婚約披露の宴。
父上が、今夜これを読む。父上は、あの晩、広間の奥から客の間をまっすぐ歩いてきて、ミルテの胸からブローチを外した。そのブローチは、今、父上の部屋の箱の中にある。次の花嫁に、父上が自分の手で渡すのだそうだ。
僕の手ではなく。
* * *
夕方、公使館の近くの小間物屋で、青いリボンを一本買った。
書記の給金で買える、一番細いリボンだった。ミルテの好きな、幅の広い絹のリボンには、僕の給金では手が届かなかった。屋敷の金の出し入れは、今は家令が父上に伺って決めている。僕が使えるのは、自分の給金だけだった。
リボンを薄い紙に包んで、ミルテへの手紙と一緒に、私信の袋に入れた。
袋の一番下だった。
部屋に戻って、僕は、昼の写しのことを思い出していた。
二度目の写しは、一度も字が乱れなかった。乱れないように、一字ずつ、ゆっくり書いたからだ。書記官は、何も言わずに受け取った。
最後の行に日付を書いたのも、僕だった。僕の字で、ノーラの婚約披露の日付を。




