↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「妹が先だ。一人っ子の君には分からない」と婚約者が言うので、妹が五人いる公爵閣下に聞いてみました【連載版】  作者: みれいぬ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/39

行き先のことは、行き先を知る方に

 父に伺うのは、もう少し後にしましょう、と私は閣下に言った。


 その前に、知っておかなければならないことがあった。


 ヨンナ様が行きたいのは、ローセヴィークの分園だ。けれど閣下も私も、ローセヴィークがどんな町なのか、分園がどんな場所なのか、イングリッド・ローヴという方がどんな方なのかを、何一つ知らない。知らないまま、送り出し方を誰かに聞いても、答えは半分しか役に立たないだろう。


 行き先のことは、行き先を知っている方に聞けばいい。


 そして、それを知っている方は、私たちのすぐそばにいた。ヨンナ様の根の絵を、夏に港町へ送った方だ。


 数日後の午後、閣下と私は、王立植物園のそばのサンデル家を訪ねた。


 学者の家らしく、玄関から廊下まで、どこもかしこも鉢植えだった。客間の窓辺にまで、蘭の鉢が並んでいる。カーリン様が、お茶を運ばせながら、困ったように笑った。


「許してちょうだいね。うちの人、寝室にまで鉢を置くのよ」


 サンデル先生は、客間の隅の椅子に座っていた。閣下が入ってくると、立ち上がって礼をして、また座った。


 閣下は、挨拶もそこそこに言った。


「エーミル。なぜ、私に言わなかった」


 サンデル先生は、少し考えてから答えた。


「聞かれませんでしたので」


 カーリン様が、ため息をついた。


「この人、聞かれたことしか答えないのよ。知ってるでしょう、お兄様」


 閣下は、知っている、という顔をした。それから、椅子に座り直した。


「では、聞く。ローセヴィークの分園とは、どういうところだ」


 サンデル先生の背筋が、すっと伸びた。


 そこから先は、まるで別の方のようだった。


「南の国からの船が着く港の、すぐ上の丘にあります。船で届いた植物は、まず分園で育てて、根づいたものから王都へ送ります。王都の温室の月光蘭も、最初は分園に着きました。私は学生のころ、二年おりました」


「二年」


「はい。冬は、王都よりずっと暖かいです。雪は、十年に一度しか降りません」


 閣下は、身を乗り出した。


「イングリッド・ローヴ殿は」


「分園の、先の園長の奥方です。先の園長が亡くなってから、分園の中の住まいに一人で暮らしておいでです。南の国の植物を、船から降りたその日に描かれます。図譜の絵は、ほとんどあの方の手です」


「どういう人だ」


「言葉が短い方です。私が学生のころ、三か月、一言も話しかけていただけませんでした。四か月目に、根の描き方が間違っていると言われました」


 カーリン様が、口元を押さえた。


「それは、褒め言葉なのよ。この人にとっては」


 閣下は、笑わなかった。次の問いへ進んだ。


「弟子は、どこに住む」


「分園の客間です。学者や画家の弟子は、皆そこに住みます。令嬢でしたら、侍女と家庭教師をお連れになれます。部屋は続き部屋で、庭に面しております」


「医者は」


「港町に、王立の診療所がございます。分園から歩いて半刻です。船乗りのための診療所ですので、夜でも開いております」


「礼拝は」


「丘の下に、古い礼拝堂がございます。七日に一度の礼拝の日には、園長の奥方も通われます」


「手紙は」


「船の便と駅馬で、王都まで四日から五日かかります」


 閣下の問いは、止まらなかった。分園には何人住んでいるか。冬の暖炉の薪は誰が運ぶのか。港の荒くれ者が丘まで上がってくることはないのか。サンデル先生は、一つずつ、数を添えて答えた。住んでいるのは学者が四人と園丁が七人、薪は園丁の仕事、丘の上には門があって、夜は閉まる。


 私は、閣下の横顔を見ていた。


 閣下が、妹のことで、こんなふうに質問を重ねるのを、私は初めて見た。いつもは、答える側にいる方だ。


 カーリン様が、私の耳元に顔を寄せた。


「ねえ、ノーラ」


「はい」


「お兄様の今の顔、あなたが温室で質問してたときと、同じよ」


 私は、少し驚いて、閣下の顔をもう一度見た。


 閣下は、真剣だった。答えを一つ聞くたびに、頷いて、胸の中にしまうような顔をしていた。茶会の日に、私は自分がそういう顔をしていたと、あとでソフィ様から聞いたことがある。


 なるほど、と思った。


(閣下も、分からないことは、分かる方に聞くのね)


* * *


 最後に、閣下は一つだけ聞いた。


「エーミル。お前から見て、ヨンナは、あの人のところでやっていけるか」


 サンデル先生は、すぐには答えなかった。


 窓辺の蘭の鉢のほうへ目をやった。葉を一枚数えるくらいの間があって、先生は閣下のほうへ向き直った。


「ヨンナの絵を送ったとき、私は一行だけ添えました。この娘は、私が初めての夕食で隅にいたとき、話しかけてきた娘です、と」


 サンデル先生は、言葉を一つずつ確かめるように言った。


「あの方は、四か月目まで私に話しかけませんでした。ヨンナには、最初の手紙で返事をなさいました」


 それが答えだった。


 閣下の返事は、すぐには出てこなかった。やがて閣下は立ち上がり、サンデル先生に頭を下げた。


「礼を言う」


「聞かれましたので」


 サンデル先生の返事は、さっきと一字も違わなかった。ただ、口元が笑っていた。


 帰りの馬車で、閣下は窓の外の冬枯れの並木を見ていた。


 伯爵家の門が見えてきたところで、閣下は、私のほうを向かずに言った。


「ノーラ。明後日、伯爵に、時間をいただけるか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。