行き先のことは、行き先を知る方に
父に伺うのは、もう少し後にしましょう、と私は閣下に言った。
その前に、知っておかなければならないことがあった。
ヨンナ様が行きたいのは、ローセヴィークの分園だ。けれど閣下も私も、ローセヴィークがどんな町なのか、分園がどんな場所なのか、イングリッド・ローヴという方がどんな方なのかを、何一つ知らない。知らないまま、送り出し方を誰かに聞いても、答えは半分しか役に立たないだろう。
行き先のことは、行き先を知っている方に聞けばいい。
そして、それを知っている方は、私たちのすぐそばにいた。ヨンナ様の根の絵を、夏に港町へ送った方だ。
数日後の午後、閣下と私は、王立植物園のそばのサンデル家を訪ねた。
学者の家らしく、玄関から廊下まで、どこもかしこも鉢植えだった。客間の窓辺にまで、蘭の鉢が並んでいる。カーリン様が、お茶を運ばせながら、困ったように笑った。
「許してちょうだいね。うちの人、寝室にまで鉢を置くのよ」
サンデル先生は、客間の隅の椅子に座っていた。閣下が入ってくると、立ち上がって礼をして、また座った。
閣下は、挨拶もそこそこに言った。
「エーミル。なぜ、私に言わなかった」
サンデル先生は、少し考えてから答えた。
「聞かれませんでしたので」
カーリン様が、ため息をついた。
「この人、聞かれたことしか答えないのよ。知ってるでしょう、お兄様」
閣下は、知っている、という顔をした。それから、椅子に座り直した。
「では、聞く。ローセヴィークの分園とは、どういうところだ」
サンデル先生の背筋が、すっと伸びた。
そこから先は、まるで別の方のようだった。
「南の国からの船が着く港の、すぐ上の丘にあります。船で届いた植物は、まず分園で育てて、根づいたものから王都へ送ります。王都の温室の月光蘭も、最初は分園に着きました。私は学生のころ、二年おりました」
「二年」
「はい。冬は、王都よりずっと暖かいです。雪は、十年に一度しか降りません」
閣下は、身を乗り出した。
「イングリッド・ローヴ殿は」
「分園の、先の園長の奥方です。先の園長が亡くなってから、分園の中の住まいに一人で暮らしておいでです。南の国の植物を、船から降りたその日に描かれます。図譜の絵は、ほとんどあの方の手です」
「どういう人だ」
「言葉が短い方です。私が学生のころ、三か月、一言も話しかけていただけませんでした。四か月目に、根の描き方が間違っていると言われました」
カーリン様が、口元を押さえた。
「それは、褒め言葉なのよ。この人にとっては」
閣下は、笑わなかった。次の問いへ進んだ。
「弟子は、どこに住む」
「分園の客間です。学者や画家の弟子は、皆そこに住みます。令嬢でしたら、侍女と家庭教師をお連れになれます。部屋は続き部屋で、庭に面しております」
「医者は」
「港町に、王立の診療所がございます。分園から歩いて半刻です。船乗りのための診療所ですので、夜でも開いております」
「礼拝は」
「丘の下に、古い礼拝堂がございます。七日に一度の礼拝の日には、園長の奥方も通われます」
「手紙は」
「船の便と駅馬で、王都まで四日から五日かかります」
閣下の問いは、止まらなかった。分園には何人住んでいるか。冬の暖炉の薪は誰が運ぶのか。港の荒くれ者が丘まで上がってくることはないのか。サンデル先生は、一つずつ、数を添えて答えた。住んでいるのは学者が四人と園丁が七人、薪は園丁の仕事、丘の上には門があって、夜は閉まる。
私は、閣下の横顔を見ていた。
閣下が、妹のことで、こんなふうに質問を重ねるのを、私は初めて見た。いつもは、答える側にいる方だ。
カーリン様が、私の耳元に顔を寄せた。
「ねえ、ノーラ」
「はい」
「お兄様の今の顔、あなたが温室で質問してたときと、同じよ」
私は、少し驚いて、閣下の顔をもう一度見た。
閣下は、真剣だった。答えを一つ聞くたびに、頷いて、胸の中にしまうような顔をしていた。茶会の日に、私は自分がそういう顔をしていたと、あとでソフィ様から聞いたことがある。
なるほど、と思った。
(閣下も、分からないことは、分かる方に聞くのね)
* * *
最後に、閣下は一つだけ聞いた。
「エーミル。お前から見て、ヨンナは、あの人のところでやっていけるか」
サンデル先生は、すぐには答えなかった。
窓辺の蘭の鉢のほうへ目をやった。葉を一枚数えるくらいの間があって、先生は閣下のほうへ向き直った。
「ヨンナの絵を送ったとき、私は一行だけ添えました。この娘は、私が初めての夕食で隅にいたとき、話しかけてきた娘です、と」
サンデル先生は、言葉を一つずつ確かめるように言った。
「あの方は、四か月目まで私に話しかけませんでした。ヨンナには、最初の手紙で返事をなさいました」
それが答えだった。
閣下の返事は、すぐには出てこなかった。やがて閣下は立ち上がり、サンデル先生に頭を下げた。
「礼を言う」
「聞かれましたので」
サンデル先生の返事は、さっきと一字も違わなかった。ただ、口元が笑っていた。
帰りの馬車で、閣下は窓の外の冬枯れの並木を見ていた。
伯爵家の門が見えてきたところで、閣下は、私のほうを向かずに言った。
「ノーラ。明後日、伯爵に、時間をいただけるか」




