港町から手紙が来ている(ヨンナ視点)
勉強部屋から食堂まで、走ればすぐだ。
今夜は、歩いたら長かった。
階段を下りる途中で何度も止まって、廊下の肖像画の前でも止まった。お父様とお母様の肖像画だ。お母様は、五人の娘の誰にも少しずつ似た顔で笑っている。わたしに似ているのは、口のところだと、カーリン姉様は言う。
その晩の家族の夕食。
食堂に入ると、もう全員座っていた。お兄様がテーブルの奥。その隣がお義姉様。お義姉様の隣の席は、いつもはエッバ姉様だけど、今夜はわたしにしてもらった。エッバ姉様は、何も聞かずに一つ奥へずれてくれた。
「ヨンナ、遅い」
「歩いてきたの」
「珍しい」
ソフィ姉様が言って、わたしの顔をちらっと見た。噂に詳しい人は、顔にも詳しい。わたしは、スープの皿を見た。
お義姉様は、わたしが座っても、何も言わなかった。言わないでいてくれるのが、分かった。
スープが来た。
言うなら、スープのあとだ。お義姉様が、二度目の夕食のとき、鴨の皿が下げられたところで「皆様に、教えていただきたいことがあります」と言ったみたいに。
わたしは、スープをいつもより急いで飲んだ。
そして、口を開いた。
「あのね――」
「オッレ、それは塩だ。砂糖じゃない」
ベルティル義兄様の声が、わたしの声の上を通っていった。オッレが、パンに塩を振りかけていた。エッバ姉様が笑いながら、パンを取り上げた。
わたしは、口を閉じた。
鴨の皿が来た。
二回目。わたしは、ナプキンを膝の上で握った。
「お兄様、わたし――」
「ねえ、聞いて。ハルステン家の晩餐の席次、オスカル様の写しのほうが間違ってたのよ。わたしが正しかったの」
ソフィ姉様だった。ソフィ姉様は、昨日オスカル様が帰ってから、その話を何度もしている。お兄様は「そうか」と言った。マーヤ姉様が「また?」と言った。ニクラス様が「典礼局でも、話題になっております」と真面目に言って、みんなが笑った。
わたしは、また口を閉じた。
この家の食卓には、間というものが来ない。
夏の初めに、お義姉様が初めてこの家の夕食に来た晩、お義姉様はスープを冷ましていた。どこで口を開けばいいのか分からない人の顔だった。わたしは、それを見て、真正面から大きな声で話しかけた。
自分の番になってみると、分かる。この家で、自分から話を始めるのは、大変だ。
わたしは、生まれたときから、この家の食卓にいる。それなのに、今夜は初めて、口を開く場所が見つからなかった。
向かいのエーミル義兄様と、目が合った。
義兄様は、全部知っている。夏に、わたしの根の絵を港町へ送ってくれたのは、義兄様だ。義兄様の眉が、ほんの少し上がった。それだけで、義兄様は鴨にナイフを入れた。聞かれるまで黙っている人なのだ。
鴨の皿が下げられた。
デザートが来た。
わたしは、お兄様の横顔を見た。
小さいころ、お父様とお母様が、流行り病で続けて亡くなった。お兄様も、まだ若かった。その年の春、お兄様は一度だけ、わたしの髪を結った。わたしは痛いと言って泣いて、お兄様は「一度で懲りた」と言った。それから髪は、侍女頭が結った。
それから少しして、わたしは叱られて、庭の小さな温室の裏に隠れた。お兄様は、すぐに見つけた。わたしは、数えていた。四分。お兄様は、わたしを抱えて屋敷に戻りながら、何も言わなかった。夜になって、侍女頭から、お兄様がそのあいだに庭師と家令を呼んで、庭じゅうを探させたことを聞いた。
わたしは、この家の外で一晩眠ったことが、一度もない。
デザートのあいだ、わたしは一度も口を開かなかった。
お義姉様は、隣で、自分の皿のデザートをゆっくり食べていた。わたしの代わりに言ってくれることは、なかった。約束どおりに。
それが、ありがたかった。そして、少しくやしかった。
デザートの皿が下げられるとき、テーブルの下で、お義姉様の手が、わたしの手首に一度だけ触れた。わたしが三つ数えるまでのあいだだった。それから、何もなかったように、お義姉様はナプキンを畳んだ。
言えなかったのは、わたしだ。お義姉様は、それを責めもしなかったし、慰めもしなかった。ただ、隣にいた。
* * *
夕食のあと、玄関の広間で、お兄様が手紙の盆を手に取った。
この家では、夕食の晩に届いた手紙は、お兄様が一通ずつ本人に渡す。お父様とお母様の頃からの決まりで、封は切らない。妹宛ての手紙を、お兄様は一度も開けたことがない。
「エッバ。ダールベリ家の執事から」
「ソフィ。……ハルステン家」
「マーヤ。仕立て屋」
お兄様は、一通ずつ読み上げて、一通ずつ手渡していった。
最後の一通で、お兄様の手が止まった。
秋の一通目は、エーミル義兄様の家に届いた。だから、お兄様の盆を通ったのは、これが初めてだった。先生は、二通目を、うちに直接出したのだ。
お兄様は、封筒の隅を見ていた。消印のところだ。わたしの場所からも、字が見えた。
ローセヴィーク。
南の港町。王都から馬車で四日。走っても、四日。
お兄様は、封筒を裏返さなかった。差出人の名前も、読み上げなかった。ほかの手紙と同じように、封を切らないまま、わたしのほうへ差し出した。
玄関の広間が、静かになった。ソフィ姉様の目が、封筒とわたしの顔を、一往復した。
「ヨンナ」
お兄様は、いつもと同じ声で言った。
「港町から、手紙が来ている」




