質問の令嬢と、五人の妹の公爵
ある朝、ヴェスティン家の玄関の呼び鈴が、朝食の前から鳴り始めた。
前の日に、陛下のお許しが出たのだ。公爵家の当主の婚約は、典礼局を通して陛下に届け、お許しをいただいてから表に出す決まりになっている。届けを出したのは、夏の初めだった。典礼局で書類を整えてくださったのは、ニクラス様だ。
お許しが出たその日の夕方に、リンドホルム家とヴェスティン家は、王都に残っている家々へ、婚約の知らせの手紙を出した。
一晩で、王都じゅうに届いたらしい。
「奥様、ハルステン伯爵夫人がお見えです」
「奥様、ベリエル家から、お祝いの花が」
「奥様、またお客様が」
執事が玄関と居間を何度も行き来して、とうとう途中で上着のボタンを一つ留め違えた。母は、朝から客間で客を迎え続けている。
父は、書斎に籠もってしまった。母によれば、扉の前に、お祝いの手紙の山ができているそうだ。
私は居間で、マリットと二人で、届いた手紙の封を切っていた。
王都の古い家の奥様方からの手紙が、ほとんどだった。お祝いの言葉のあとに、たいてい一行、同じような問いが書き添えてある。いつから。どこで。温室で、というのは本当なの。
(温室で、というのは本当だわ)
質問をしたのは、温室だった。
* * *
昼前に、ハルステン伯爵夫人が、居間まで顔を出してくださった。
「ごめんなさいね、お祝いだけ言って帰るつもりだったのに」
夫人は、母と並んで長椅子に座ると、扇を開いて、楽しそうに私を見た。
「夏の夜会のこと、覚えているでしょう?」
「はい」
「あなたに、公爵閣下の書斎が怖いと答えた方々。今朝は、お顔の色がないそうよ」
夫人は、扇の陰で声を落とした。
「王の従兄の婚約者に向かって、その従兄が怖いと言ってしまったんですもの。それも、本人に聞かれて」
母が、こらえきれずに笑い出した。
(あのとき、私はまだ、どなたとも婚約していないことになっていたわ)
あの方々は、知らなかったのだ。知らなかったことで、困るのは、少し気の毒だった。
「怖いと言われたことは、閣下にはお伝えしておりません」
「伝えなくても、もう王都じゅうが知っているわよ」
夫人はそう言って立ち上がり、帰り際に、思い出したように振り返った。
「そうそう。初夏の温室の公開日に、扇の陰であなたの噂をしていた方々が、皆、うちに問い合わせてきたの。あの令嬢は、あの日、本当に一人で公爵閣下のところへ行ったのか、って」
「行きました」
「そう答えておくわ」
夫人は、扇を畳んで出ていった。
* * *
午後、マリットが、別にしておいた三通の手紙を持ってきた。
「お嬢様宛てで、殿方のお名前のものです。奥様が、お嬢様ご自身でお読みになるようにと」
三通とも、夏のハルステン家の夜会で、私が理由を伺った方々からだった。
一通目は、子爵家のご嫡男からだった。
先の夜会での不躾を、心よりお詫び申し上げます。公爵閣下の書斎は、決して怖くはございません。私が申し上げたことは、どうかお忘れくださいますよう。
二通目は、宴の広間にいらした、顎の細い方からだった。
先の夜会で私が申し上げた噂は、人づてに聞いたものでございます。私自身は、あの晩、五人の妹君が頷かれただけであることを、この目で見ております。どうかそのことだけは、閣下にもお伝えいただけましたら。
三通目は、ベリエル家のご次男からだった。
踊りの最中に、あのようなお話を申し上げましたこと、深くお詫びいたします。
(踊りの最中に聞いたのは、私のほうなのだけれど)
私は、三通を居間のテーブルに並べた。
お詫びされることは、何もなかった。三人とも、私が聞いたことに、本当のことを答えてくださっただけだ。答えてくださったおかげで、ソフィ様のことが少し分かった。お礼を申し上げるのは、私のほうだ。
私は便箋を出して、一通目の返事を考えた。
閣下の書斎が怖いかどうかは、私もまだ存じません。前に立ったことがございませんので。
「お嬢様」
覗き込んでいたマリットが、珍しく口を挟んだ。
「それは、お出しにならないほうが」
「どうして」
「お相手が、余計に眠れなくなります」
母が、居間の入口で、扇も持たずに笑っていた。
* * *
夕方、ソフィ様から手紙が届いた。
いつもの、きれいな宛名の字だった。
お義姉様、王都は今、三つの噂で持ちきりよ。
一つ目。質問しに行った令嬢が、公爵閣下を射止めた。
二つ目。いいえ、閣下のほうが、質問しに行った令嬢に質問しに行った。
三つ目。いいえ、五人の妹が先に決めた。
三つとも、少しずつ合ってるわ。わたしの見立てでは、三つ目が一番合ってる。
宴の日取りも、もう決まったわ。シャスティン叔母様が、もう朝から客間で名簿を広げてるの。お兄様は、婚約の知らせを出した晩、書斎で一人で笑ってたわ。廊下まで聞こえたもの。夏から二度目よ。
エクルンド様のことは、一行も書いていなかった。
手紙の最後の一行だけ、字が少し小さかった。
宴の支度の打ち合わせに、典礼局の人が二人来るの。一人はニクラス様。もう一人は、わたしは知らないって言っておくわ。




