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「妹が先だ。一人っ子の君には分からない」と婚約者が言うので、妹が五人いる公爵閣下に聞いてみました【連載版】  作者: みれいぬ


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隣の部屋は、空いていた(エリアス視点)

 ミルテがいたら、今ごろ玄関で泣いているはずだった。


 お兄様、行かないで。ミルテも連れていって。何年もなんて長すぎるわ。そう言って僕の外套の裾をつかんで、離さなかったはずだ。僕はミルテの頭を撫でて、毎週手紙を書くよ、と言っただろう。ミルテは、毎日がいい、と言って、僕は、毎日書く、と約束しただろう。


 けれど、出立の朝、玄関の石段で泣いている者は誰もいなかった。


 ミルテは、夏の初めに、叔母上の領地の屋敷へ発った。それから届いた手紙は、二通だけだ。


 一通目は、叔母上の家の朝食が早すぎるということ。二通目は、王都の菓子屋の砂糖菓子を送ってほしいということ。お兄様、ミルテに、と最後に書いてあった。


 僕は、送れなかった。屋敷の金の出し入れは、宴の翌日から家令が父上に伺って決めている。僕が菓子屋に使いを出すには、父上の許しが要る。父上に伺ったら、叔母上の家で出る菓子で十分だ、と言われた。


 ミルテは、きっとがっかりしているだろう。


 旅の外套は、父上のも僕のも仕立て上がっていた。僕の外套は、思っていたより地味な灰色だった。書記の外套は、これでいいのだそうだ。


* * *


 馬車が王都の東の門を出たところで、向かいに座った父上が、上着の内側から手紙を出した。


 宛名は、ノーラだった。僕の字だった。


 封は、父上が目通しの後に封をし直したときのままだった。ノーラの手で切られた跡は、どこにもなかった。


「ヴェスティン嬢は、読まないと言った」


 父上は、手紙を僕の膝に置いた。


「もう、お前に伺いたいことはない、とも言っていた」


 僕は、手紙を見下ろした。宴の翌朝に書いたものだ。驚かせてすまなかった。ミルテのことは、君にも分かってほしい。落ち着いたら会って話そう。


 読めば、分かってくれたはずだ。


 ノーラは、読まなかっただけだ。受け取らなかっただけで、読めば、きっと分かってくれた。ノーラには、そういうところがある。分かってくれるのに、時間がかかる。


 伺いたいことはない、というのが、よく分からなかった。何を伺うことがあるんだろう。分かってくれれば、それでいいだけなのに。


 僕は手紙を、自分の上着の内側にしまった。父上は、窓の外を見ていた。


 父上の隣には、もう一人座っていた。公使館の書記官の、ヴァリーンという人だ。父上の帰国の供をしてきて、帰りも一緒に戻る。言うことが全部、手続きの順に並んでいる人だった。


「エリアス殿。公使館の書記の決まりを、道中で申し上げておきます」


 ヴァリーン書記官は、膝の上に帳面を開いた。


「書記の手紙は、公の便が先です。私信は、その後。私信は七日に一度、袋にまとめて王都へ出します」


「妹に、毎日書くつもりなんです」


「書くのは、ご自由です。出すのは、七日に一度です」


 書記官は、帳面から目を上げなかった。


 昼に馬を替えた宿場で、僕は駅馬の使いをつかまえて、ミルテへの手紙を先に出そうとした。叔母上の領地は、ここから近い。今日のうちに出せば、すぐに届く。


 ヴァリーン書記官が、横から使いに言った。


「その方は、公使館の書記です。私信は、公の便の袋に入れて、七日目に」


「妹が待っているんです」


「書記の私信は、袋の一番下です」


 使いは、僕の手紙を、ヴァリーン書記官の持つ革の袋に入れた。父上の公の書状の、ずっと下に。


 妹が先だ、と僕はずっと言ってきた。この袋の中では、妹は一番下だった。


* * *


 王都から一日目の宿に着いたのは、日が暮れてからだった。


 宿の主人の妻が、愛想よく出てきて、鍵を出した。一つは父上に、一つはヴァリーン書記官に。それから、僕の前に二つ置いた。


「こちらがストランド様のお部屋で、こちらが、妹御のお部屋でございます。隣どうしにご用意いたしました」


 僕は、二つの鍵を見下ろした。


「……妹は、来ていない」


「まあ」


 主人の妻は、口元に手を当てた。


「失礼いたしました。王都からの御者の方々が、ストランド家の若様は、どこへおいでになるにも妹御をお連れになると。それで、てっきり」


 王都から来た御者や商人が、この宿に泊まっていくのだ。王都で何が言われているかは、馬車より先に、ここへ着いていたらしい。


 父上は、聞こえないふりをして、自分の鍵を受け取った。書記官は、帳面に一行、何か書いた。


 主人の妻は、気の毒そうな顔で、片方の鍵を引っ込めた。


 その晩、僕は自分の部屋の机で、壁を見ていた。


 壁の向こうは、空いた部屋だった。ミルテのために用意された部屋で、ミルテはいない。誰も泊まっていない部屋は、物音一つしなかった。


 僕は、ミルテに手紙を書いた。お兄様は今日、王都を出た。宿のパンは固かった。毎日書くよ。


 袋の一番下に入るのは、分かっていた。


 それから、もう一枚、便箋を出した。ノーラに書こうと思った。分かってくれるまで、何度でも書けばいい。


 宛名を書きかけて、手が止まった。


 ヴェスティン家の門をくぐるな、と父上は言った。手紙も、門をくぐるだろうか。


 僕は、便箋を畳んで、鞄の底にしまった。


 僕はまだ、ノーラなら分かってくれると思っていた。その少し後に、王都のどの家にも届いた知らせのことを、僕は隣国の都で、ずっと遅れて知ることになる。

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― 新着の感想 ―
気持ち悪っ。 婚約者とか、パートナーって分かり合うことが大事じゃないかと。 分かってくれればいいだけなら、部下か、使用人扱い じゃないかな?
『分かってくれれば、それでいいだけなのに』ぉぉぅ。何も分かっておらず反省の色も無し。嫡男のままで大丈夫かな。
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