十三の夜会で、十三回(ソフィ視点)
今朝の王都の噂。ヴェスティン家のノーラ嬢が、ハルステン伯爵家の夜会で、リンドホルム家の四女のために、殿方に一人ずつ理由を聞いて回ったそうだ。
わたしの侍女がそれを仕入れてきたのは、朝の髪を結っている最中だった。侍女が厨房で聞いた形では、聞かれた殿方は十人になっていた。
噂は、だいたい三人目で形が変わる。
それはいい。知っている。わたしが知らなかったのは、噂の主になると、こんなに顔が熱くなるということだ。
その朝、わたしはヴェスティン伯爵家の客間にいた。
お義姉様の家の客間は、うちの客間の半分くらいの広さで、花瓶には庭の薔薇が一種類だけ挿してあった。座ったのは、窓に近い長椅子の、お義姉様の向かい。お母君の伯爵夫人が、お茶を運ばせてから「ごゆっくり」と言って出ていった。出ていくとき、口元がずっとゆるんでいた。昨夜の付き添いは、この方だ。
「お義姉様。聞いて回らないでって、言ったわよね」
「はい。ですから、三曲、努めました」
「三曲」
「三曲です」
お義姉様は、少しも悪びれていなかった。地理の先生が川の名前を並べるときの顔だった。
「十人に聞いたって、王都じゅうが言ってるわ」
「三人です」
「知ってる。噂って、そういうものだもの」
言ってから、わたしは自分の言葉に溜め息をついた。
「……それで。三人は、何て言ったの」
お義姉様は、背筋を伸ばした。
一つ目は、書斎の話だった。二度目を申し込めば、翌朝、王の従兄の書斎へ行かねばならない。閣下は四半時、一言もおっしゃらないとか。
「ベルティル兄様ね。あの話、兄様はどこの夜会でもするのよ。去年もしてたわ」
「たぶん」
二つ目は、宴の晩の噂だった。リンドホルム家の娘に二度申し込むと、五人そろって品定めされ、気に入られなければ広間から叩き出される。
「叩き出してないわ」
「はい。皆さま、頷いておいでだっただけです」
お義姉様はそう言ってから、膝の上で手を重ねた。そして、頭を下げた。
「宴の晩のことは、私が侯爵閣下に質問したせいかもしれません」
「違うわ」
自分でも驚くほど、声が大きくなった。
「あの晩、頷いたのは、わたしたちよ。ヨンナなんか『同じです!』って叫んだもの。わたしたちが自分で頷いたの。お義姉様のせいじゃないわ」
お義姉様は顔を上げた。口元が、ほんの少しゆるんでいた。そして、三つ目を言った。
「三人目の方は、こうおっしゃいました。ソフィ様は、踊っているあいだ、いつも私の肩越しに、広間のどなたかを見ておいでだ、と。お心がないのだと思っていた、と」
わたしは、何も言えなかった。
本当だったからだ。
踊っているあいだ、わたしは広間を見ている。誰がどの柱のそばに立ち、誰が誰の隣に来て、どこの奥様が扇の陰で何を言ったか。それを見ていれば、自分のことを考えずに済む。
相手の顔を見ていて、その人が二度目を申し込まなかったら、わたしはきっと、それを数えてしまう。一人、二人、三人と。だから見ない。誰かの噂を数えているほうが、ずっと楽だった。
それで、相手には、心がないと思われていたのだ。
「……三人目の人、何曲目に踊った人?」
「四曲目の方です。金茶色の髪を、後ろへ流した」
「ベリエル家の次男ね。あの人の妹、去年の冬に婚約したのよ。お相手は」
言いかけて、やめた。また噂を数えている。
お義姉様は、わたしが黙るのを待ってから、ゆっくり言った。
「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」
「なあに」
「昨夜、三曲目にソフィ様と踊った方は、どなたでしょうか。栗色の髪の、痩せた方です。給仕の方によると、一曲踊ると、いつもお帰りになる方だとか」
「三曲目? エクルンド様よ。エクルンド伯爵家の次男」
すぐに答えられた。誰と何曲目に踊ったかは、わたしは全部覚えている。
お義姉様は、それを聞いて、膝の上の指を一本ずつ折り始めた。
「この前、ソフィ様は十二の夜会のお相手を、全部聞かせてくださいました」
「……ええ」
「私は途中で、指が足りなくなりました。ですから、二度出てきたお名前だけ、覚えておくことにしたのです」
お義姉様は、指を折りながら言った。
「王宮の春の舞踏会で、四曲目。ベリエル家の夜会で、二曲目。オルソン家の音楽会のあとの踊りで、最後の曲」
お義姉様の指が、一本ずつ折れていく。わたしがこの前話した十二の夜会の名前が、一つずつ、わたしの口から出たときと同じ順に並んでいく。そのどれにも、同じ名前が付いていた。
お義姉様は、残りの夜会も同じように挙げていった。両手の指が一巡りして、全部開き直し、二巡り目に入った。
「それから、昨夜のハルステン家で、三曲目」
二巡り目の三本目の指が折れたところで、お義姉様は手を止めた。
「エクルンド様は、十三の夜会で、十三回です。どの晩も、一度ずつ」
客間の時計の音が、急に大きく聞こえた。
十三回。
わたしは、数えていなかった。一晩の中でしか、数えたことがなかったからだ。一晩に二度目を申し込んでくる人は、一人もいない。それしか、わたしは数えていなかった。
一晩に一度ずつ、春からずっと申し込んでくる人のことは、一度も数えなかった。一曲踊ると帰ってしまうから、二度目の数に入ってくることもなかった。
「……どうして、数えたの」
「給仕の方が、いつも、とおっしゃったので」
お義姉様の声は、少しも揺れていなかった。
「いつも、というのは、何度もということです。何度なのかは、数えてみないと分かりません」
この人は、こういう人なのだ。妹が五人いるなら兄というものに詳しいはずだと、温室でお兄様にまっすぐ聞きに行った人だ。
わたしは、王都の誰がどこに立っていたかを全部覚えている。けれど、その人の顔だけが、浮かんでこなかった。
思い出そうとすると、その人の肩越しに見ていた広間の柱のほうが、先に浮かんでくる。
「……エクルンド様って、どんなお顔だったかしら」
わたしは、十三回も踊った人の顔を、一度もちゃんと見ていなかった。




