二度目の申し込みが来ない人は
手紙を受け取ったその日の昼前に、私はリンドホルム公爵家の玄関に立っていた。
出迎えた侍女は、私を客間ではなく、二階の奥へ案内した。ソフィ様のお部屋だった。
「客間だと、お兄様が菓子を持って入ってくるから」
ソフィ様はそう言って、扉を閉めた。窓辺の机には、書きかけの手紙が何通か、封もされずに並んでいる。どれも、宛名の字がきれいだった。
椅子に座るより先に、扉がもう一度開いた。
「お義姉様、来てたの!」
ヨンナ様だった。手に地理の帳面を持ったままだ。
「ヨンナ。授業は」
「先生がお茶を飲んでる間だけ」
廊下の向こうから、家庭教師の先生がヨンナ様を呼ぶ声がした。ヨンナ様は「すぐ戻るから!」と言い残して駆けていき、本当に、すぐ戻ってきた。今度は帳面を置いてきていた。
マリットが壁際に下がり、ソフィ様と私は窓辺の小さなテーブルを挟んで座った。ヨンナ様は、寝台の端に腰かけて足をぶらぶらさせている。
「手紙、読んでくれたのね」
「はい。三度読みました」
ソフィ様は、少しだけ頬を赤くした。余白の一行のことを、たぶんもう知っているのだ。寝台の上のヨンナ様が、天井を見ていた。
「それで、ソフィ様。最初に伺ってもよろしいでしょうか」
「なあに」
「二度目の申し込みというのは、何でしょうか」
ソフィ様が、目を丸くした。
「……お義姉様、知らないの?」
「半分だけ存じています。同じ方から、もう一度踊りを申し込まれることだとは。けれど、それがどれほどのことなのかが、分かりません」
私は社交界に出た年のうちに、婚約が決まった。夜会では、いつもエリアス様と一度踊り、あとは父の知り合いの方と踊った。二度目を待ったことも、数えたこともない。
ソフィ様は、指を一本立てた。
「夜会の踊りはね、一曲ごとに殿方が申し込むの。一度ずつなら、ただの礼儀よ。誰も数えないわ」
指が二本になった。
「でも、一晩のうちに同じ人に二度目を申し込むのは、その人に心がありますっていう印なの。二度目を申し込んだ殿方は、次の朝、その令嬢のお家の当主に、訪問のお許しを願いに行く。そこから縁談になるのよ」
三本目の指を立てかけて、ソフィ様はそれを引っ込めた。
「三度踊るのは、婚約した二人だけ。だから、二度目が大事なの」
「なるほど」
(知らなかったわ)
知らないまま、一年も夜会に出ていたのだ。
「それで、ソフィ様には、その二度目が」
「来ないの。一度も」
ソフィ様は、窓の外へ目をやった。
「でも、気にしてないのよ。ヨンナが大げさなだけ。社交界に出たのは、この春だもの」
「気にしてる」
寝台の上から、ヨンナ様が言った。
「してないってば」
ソフィ様はヨンナ様を睨んでから、私に向き直った。
「一度目は、みんな申し込んでくれるのよ。公爵家の娘だもの。この春からの十二の夜会で、一度も壁の花になったことはないわ」
そう言って、ソフィ様は話し始めた。
「最初の夜会は、王宮の春の舞踏会。一曲目はハルステン家のご長男で、東の柱の前で。二曲目はオルソン子爵様で、その方の隣にはずっと妹さんがいらしたわ。四曲目がエクルンド様で、そのころマーヤ姉様は、窓のそばでニクラス様と――」
次の夜会も、その次の夜会も、ソフィ様は同じように話した。誰と何曲目に踊ったか。その方がどの柱のそばにいて、誰の隣に立っていたか。どこの家の奥様が、どこの家の奥様に、扇の陰で何を言ったか。
私は途中から、膝の上で指を折って聞いていた。四つ目の夜会のあたりで、両手の指が足りなくなった。
「……ソフィ様は、全部覚えていらっしゃるのですね」
「覚えてるわよ。噂は、だいたい三人目で形が変わるの。だから、自分の目で見たことは、ちゃんと覚えておくの」
「ほら、気にしてる」
ヨンナ様が、また言った。
「十二の夜会を全部覚えてる人は、気にしてる人よ」
「ヨンナ!」
枕が飛んだ。ヨンナ様は、それを受け止めて、抱えたまま笑った。
私は、ソフィ様の話を頭の中で並べ直していた。十二の夜会。どの夜会でも、ソフィ様はたくさんの殿方と一度ずつ踊っている。そして、二度目を申し込んだ方は一人もいない。
(二度目を申し込まなかった方々が、一番よく分かっているのでは)
理由を知っているのは、申し込まなかった本人だ。庭のことは庭師に聞く。二度目を申し込まない理由は、申し込まなかった殿方に聞けばいい。
「では、踊った殿方に、一人ずつ――」
「絶対にやめて」
ソフィ様の声は、今日聞いた中で一番速かった。
「お義姉様がそれをやったら、明日の朝には王都じゅうの噂になるわ。リンドホルム家の四女は、二度目が来ないのを気にして、ヴェスティン家のお嬢様に聞いて回らせたって。人の口を渡るうちに、もっとひどい形になるわよ」
「……そうでしょうか」
「そうなの。わたし、噂のことだけは、お義姉様より詳しいのよ」
それは、そのとおりだった。
私は、少し考えた。申し込まなかった方に聞けないのなら、反対側から聞けばいい。
「では、二度目を申し込んだことのある方に伺います」
「そんな人、どこにいるの」
「ベルティル様です」
ソフィ様とヨンナ様が、そろって私を見た。
「エッバ様に、申し込まれたのでしょう? 二度目を。そうでなければ、今ごろオッレはいません」
しばらく、部屋が静かになった。
それから、ヨンナ様が枕を抱えたまま、寝台の上で転がって笑い出した。ソフィ様は笑うのをこらえて、こらえきれずに、テーブルに額をつけた。
「……ベルティル兄様に、聞くの」
「はい」
「お兄様の前で?」
「閣下の前だと、何か困ることがあるのでしょうか」
ソフィ様は額を上げて、ヨンナ様と顔を見合わせた。二人とも、何かを知っている顔だった。
壁際で、マリットが口元を押さえていた。押さえても、目のほうに出ていた。
次の家族の夕食は、マーヤ様とニクラス様とエッバ様の席が空く晩だった。その晩に、ベルティル様は、オッレを連れて来る。




