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社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


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第八話 トマトが赤くなるまで

 港湾区の外縁では、捕虜船の固定灯がまだ点いていた。


 焼けた係留具の前で、元海賊の一人がぽつりと言った。


「しかも風呂と飯を直して、トマトを植える人に」


「黙れ」


「俺ら、かなり馬鹿では」


「黙れって言ってんだろ」


 カイはパッチワーカーを見上げた。


 武器なし。

 装甲薄い。

 右膝固着。

 左肩出力低下。


 保守端子は生きている。


 それだけで、港湾区の床も、壁も、クレーンも、コンテナも、全部道具になる。


「こいつ、直す」


 カイは言った。


 ノアの表示が青白く点滅した。


『パッチワーカー修理計画を作成します』


「計画は後でいい。まず右膝の固着を抜く」


「軸受けが噛んでる」


 ガンツが言った。


「外から叩いても無理だ。加熱してから抜いた方がいい」


「やったことあるのか」


「似たようなのをな。廃港で」


「海賊仕事か」


「下請け仕事だ。名前が違うだけで中身は同じだった」


 カイは工具箱を開けた。


「手伝え」


「命令か」


「監視付き労働」


「給料は」


「捕虜に給料を求めるな」


「飯は」


「三食出す」


 ガンツの後ろで、若い男がまた膝をついた。


「風呂は」


「作業後に使え」


 別の男が両手で顔を覆った。


「寝床は」


「仮眠区画を使え。床では寝るな。腰を壊す」


 若い男が震える声で言った。


「兄貴。これ、やっぱり就職では」


「黙れ」


「飯が出て、風呂があって、床じゃない場所で寝られるんですよね」


「黙れ」


「俺、ここで働きたいです」


 ガンツはしばらく黙ってから、低く言った。


「順番を間違えるな。まず謝れ。次に働いて返せ」


「はい」


 カイは首を振った。


「被害者補償に労働対価の一部を回す。監視タグは外さない。武装には触らせない。逃げたら隔壁で挟む」


「十分だ」


「十分?」


「十分だろ」


 ガンツはパッチワーカーの右膝へ歩いていった。


「前の現場じゃ、飯は粉、風呂は週一、寝床は船倉、給料は借金返済で消えた。逃げたら契約違反で臓器担保だ」


「臓器担保」


「外縁じゃ、まだある。違法だが、ある」


 カイは、開きかけた口を閉じた。


 労働はクソである。


 それはまだ本当だ。


 たぶん労働そのものだけがクソなのではない。


 人間を逃げられなくして、飯を削り、風呂を削り、寝床を削り、失敗だけ押しつけるものがクソなのだ。


 なら、ここでは逆をやればいい。


 働くなら飯を出す。

 汚れたら風呂に入れる。

 寝る場所を用意する。

 怪我をしたら医療区へ運ぶ。

 悪いことをした分は補償させる。


 それだけだ。


「ガンツ」


「なんだ」


「明日から港湾区の復旧を手伝え」


「おう」


「監視付きだ」


「分かってる」


「武装には触るな」


「分かってる」


「飯は三食。風呂は作業後。寝床は仮眠区画」


「分かってる」


「嘘をついたら隔壁で挟む」


「それ好きだな、お前」


「便利だからな」


 ガンツは笑い、右膝の外装に工具を当てた。


「なあ、カイ」


「なんだ」


「ここ、本当に捕虜収容所か?」


「違う」


「じゃあなんだ」


 カイはパッチワーカーを見た。


 壊れた風呂。

 動き始めた食堂。

 植えたトマト。

 捕まえたドローン。

 飯を食った元海賊。

 青白い文字で生活を管理するノア。


 なんだ、と聞かれると困る。


 艦か。

 基地か。

 スクラップか。

 兵器か。

 古代文明の遺産か。


 どれも正しいようで、違う気がした。


「家にする」


 カイは言った。


 自分で言ってから、少し驚いた。


 家。


 そんな言葉を使うとは思わなかった。


 ガンツも少し驚いた顔をした。


 それから、鼻で笑った。


「二十キロの家か」


「広すぎる」


「掃除が大変だな」


「もう大変だ」


 ノアの表示が、壁に青白く走った。


『第一居住区、浴場限定復帰』

『共用食堂 A-1、簡易食提供可能』

『農業区 D-1、試験栽培開始』

『第三補助格納庫、パッチワーカー補助接続成功』

『外部作業ドローン三機、非破壊捕獲』


 その下に、小さく、新しい表示が出た。


《居住機能、部分復帰》


 兵器機能ではない。

 航行機能でもない。


 居住機能。


 カイはその四文字をしばらく見ていた。


     ◇


 その日の終わり、食堂にはまた湯気があった。


 スープ。

 焼き穀物パン。

 豆料理。

 昨日より少し味が濃い。


 ガンツたちは列に並んだ。


 捕虜が列に並んで飯を待つ光景は変だったが、横入りする者はいなかった。


 横入りすると、ノアが天井スピーカーから静かに言う。


『列整理を乱しています』


 怒鳴られるより怖い。


 静かなAIに列整理を乱していますと言われると、自分が文明の敵になった気がする。


 カイは食堂の端で、ガンツが出した仕事票データを見ていた。


 古い携帯端末に、依頼ログが表示される。


《回収対象:旧式廃棄艦》

《生体反応:なし》

《AI反応:なし》

《残存価値:高》

《推奨作業:主砲基部、反応炉周辺、港湾管制中枢の優先回収》


 無人廃棄艦。

 AI反応なし。


 そんなわけがない。


 ノアはいた。


 浴場区の湯温を三十九度に戻し、食堂ロボに粥の量を指示し、農業棚の散水時刻を直している。

 捕虜の列が崩れかけると、床に細い白線も出した。


 自然に止まったのではない。


 誰かが、止まったことにした。


「依頼主は」


 カイは聞いた。


 ガンツはスープを置いた。


「仲介が二つ入ってる。表向きは廃材回収組合。実際の仕事票は、どこかの造船会社から流れてる」


「造船会社」


「銀河外縁造船、だったか」


 カイは端末を見たまま止まった。


 銀河外縁造船株式会社。


 第三整備課。

 事故対応補助係。

 トダ主任。

 確認します。

 そこをなんとか。

 今日中に頼むよ。


 風呂に入っても、飯を食っても、会社の名前は湧いてくる。


 ゴキブリか。


 いや、ゴキブリに失礼である。


 ゴキブリは確認しますと言わない。


「ノア、この認証番号、照合できるか」


『照合中』


 青白い文字が走った。


『該当企業あり。銀河外縁造船株式会社。第三整備課系列の保守契約番号です』


 ガンツが横から画面を覗いた。


「お前の元職場か」


「ああ」


「なるほどな」


「なるほどじゃない」


「いや、なるほどだ。雑な仕事票。嘘の生体反応。現場にだけ危険を押しつける契約。匂いが同じだ」


「匂い」


「ブラック現場の匂いだよ。飯がまずくなる」


 その時、食堂の壁面表示が赤枠に変わった。


『外部通信を傍受しました』


 ノアの声が落ちる。


 食堂にいた全員が黙った。


『送信元、銀河外縁造船株式会社。第三整備課』


 カイはスープの器を置いた。


『内容を表示します』


 壁の青白い文字が、食堂の全員に見える大きさで開いた。


《対象艦アーク・ノア、再起動を確認》

《非承認滞在者一名》

《非登録作業員複数》

《残存資産保全のため、回収部隊を再派遣》

《居住区画は優先度低》

《管制中枢確保の支障となる場合、分離処理を許可》


 ガンツが黙った。


 若い男たちも黙った。


 食堂の奥で、自動調理機だけが、次のスープを混ぜていた。


 居住区画は優先度低。


 カイは、その文字を見た。


 風呂。

 食堂。

 農業区。

 まだ芽も出ていないトマトの種。

 片膝をついたパッチワーカー。

 湯気の出るスープ。

 湯船を見て泣きそうになった若い男。


 それらが、低い。


 書類上、低い。


 資産保全のために。


 カイは胸ポケットの種袋に触れた。


 まだ、芽も出ていない。


 もう植えた。


「ノア」


『はい』


「この通信、保存。改ざん防止。外部公開はまだするな」


『了解しました』


「港湾区を閉じる。配膳口と浴場入口にロックをかけろ。トマト棚の支柱も下ろせ」


『了解しました』


 ガンツが立ち上がった。


「パッチワーカーを動かすのか」


「まだ歩けない」


「じゃあどうする」


「歩けないなら、床を動かす」


 ガンツは一瞬だけ黙り、それから笑った。


「いいな。それなら俺にも分かる」


 食堂の元海賊たちが、トレーを返却口へ置き始めた。


 誰も命令していない。


 全員が立っていた。


 風呂に入った身体。

 飯を食った腹。

 寝床をもらえるかもしれない夜。


 それをまた奪われるのは、誰だって嫌だった。


 ノアの青白い文字が壁に走る。


『第三補助格納庫、パッチワーカー補助電源起動』

『港湾区、隔壁閉鎖準備』

『農業区 D-1、保護対象に登録』


 第三補助格納庫の奥。


 つぎはぎだらけの旧式作業キャリアーが、片膝をついたまま、青い片目を点けた。


 カイは工具箱を持った。


 労働はクソである。


 それは、たぶんまだ本当だ。


 配膳口に鍋を置き、ぬるい湯を上げ、折れた支柱を立て直すための労働なら。


 まあ。


 少しだけ。


 やってもいい。


 断言はしない。


 労働は、断言するとすぐ裏切るので。


 その直後、港湾区の床面センサーが赤くなった。


《床面損傷拡大》

《医療船接岸不可》

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